あまり期待していなかったが、とても良いデキで、見ていて大変嬉しくなった。
新国立劇場の今月は、早船聡作、松本祐子演出の『鳥瞰図』である。
東京湾のかつての漁師町浦安で、未だに船宿をやっている一家がいる。
地元のなじみ客を相手に細々とやっていて、女将の渡辺美佐子と息子の入江雅人。
そこは、元漁師の老人品川徹をはじめ様々な人間が集まって来る。
この感じは、さきの傑作『焼肉ドラゴン』にも似ている。
私は、実は20年間くらい東京品川の漁師町に住んでいたことがあるが、確かに古くて人間関係が濃密な町であるらしい。
そこに若いミオと名乗る娘が来て、渡辺美佐子の長女、入江雅人の姉の娘だと言う。
その長女は、随分前に家を出て結婚した後、7年前に交通事故で死んだのである。
そこから、過去の家族、町、地域の古層が様々に掘り出されて来る。
まるで埋立てで失われた情景を復活させるように。
全体は、言ってみれば人情話であり、表現は現在の新派である。
作者の早船は、円の研修所の出身で、演出の松本は文学座なのだから、二人とも文学座系である。
劇作家久保田万太郎が、文学座の創立者の一人であると共に、劇団新派とも深い関係にあったのだから、文学座系の表現が、新派的になるのは、ある意味当然なのである。
そして、ミオ役の野村佑香には、正直に言って大変参った。
最初に出てきた時から、十分に劇の意味を背負っていて、見る者に強く何かを感じさせた。
私の前の席の奥さんなどは、野村が登場してきた時点で、もう涙ぐんでいたのだ。
デビューした頃の秋吉久美子、藤田敏八監督の映画『妹』や、今井正監督の草刈正雄と共演した映画『あにいもうと』のころの秋吉みたいだ、と言えば分かっていただけるだろうか。
映画『あにいもうと』のとき、監督の今井正は、秋吉久美子の演技のカンの鋭さを「デコチャン(高峰秀子)の再来のようだ」と賞賛したが、野村もその程度ではあったと私は思う。
その他、入江雅人が、離婚した元妻がガンで余命いくばくもなく、その揺れる不安をじっと抑えて見えないように演じていた。
渡辺美佐子が、オーストラリアでゆっくりと過ごすことを密かに夢見ている。
息子の入江に「いつのこと」と聞かれ、
「老後よ」と答えるのが大いに笑えた。
今が十分すぎるほどの老後なのに。
2008年に新国立で上演されたものの再演で、芸術監督の鵜山仁は、『焼肉ドラゴン』に続き、ここでも非常に良い遺産を残したことになる。
こうした再演は必要であり、とても良いことだと私は思う。
なぜなら、歌舞伎の記録を見ても、初演時にはあまり評判が良くなかった作品が、再演を重ねる中で、役者たちの工夫で名作になった、といったことが多々あるからである。
だから、このように初演時に、それなりの評価を得た作品なら再演されるのはなおさらなのだが、日本の新劇や小劇場では、なぜか新作が当然で、再演は邪道になっていて、再演を忌避する傾向があるからである。
新国立劇場中ホール