こういうイスラムとユダヤの対立を題材とした劇について、よく言われるのが「われわれ日本人には宗教的対立はよく理解できない」という形容である。
だが、本当にそうだろうか。
以前、ニューヨークの世界貿易センタービルの爆破事件があり、その後イスラム教の「聖戦」が紹介されたとき、小沢昭一は言っていた。
「こういうのは、とてもよくわかる。戦争中、ずっとお国のために死ぬんだという台詞を毎日叩き込まれていたのだから」と。
つい70年前の日本では、米英の享楽主義に対して、日本精神を対置し、米英思想の影響を排することが堂々と行われていた。
デック・ミネは、三根耕一に改名させられ、灰田勝彦の唱法は「軟弱で米英的だ」と排撃されたのである。
オランダのアムステルダムのパン屋の職人ハンス(益岡徹)は、街頭でフーリガンに暴行を受けていた青年マフムード(井上芳雄)を助け、彼はパン職人として店で働くようになる。
1991年頃のこと。
2年後に、マフムードは、同じくパン屋で働いているダンサー志願のノラ(東風万智子)と恋仲になり、二人の間に子供もできる。
だが、そのときマフムードの兄(東野史浩)があらわれ、ユダヤ教会の爆破を命令する。
マフムードは、実はパレスチナでのテロ事件の犯人の前科があり、逃亡していたのである。
もし、命令を実行しなければ、弟の命はおろか、マフムードの居場所をイスラエルのモサドに密告すると言って去る。
はじめはユダヤ教徒として、イスラムの教えにこだわるマフムードと対立を繰り返してきたハンス。
だが、マフムードの真面目な人柄に互いに心を許し合い、ノラとの間の子供が生まれた時には、イスラムの儀式でアザーンを唱えることも了承し、アザーンを練習していた時なのだ。
二人は、真剣に議論する。ここは、最近の劇に見られない討論劇的趣向だった。
まるで喧嘩のように、そしてマフムードも教会爆破を諦めたかに見える。
だが、翌朝、ノラが店に「ハンスがいなくなった」と駆け込んでくる。
そのとき、大爆発の音が聞こえ、一瞬の停電の後、点いたテレビは「教会の自爆テロによる爆破と16人の負傷者」を伝える。
井上芳雄をはじめ役者は素晴らしいが、ハンスが実はナチスの強制収容所にいたと分かるが、それにしては益岡は若すぎないだろうか。
時代設定は、2001年で、もし強制収容所の体験があるとすると、1940年生まれくらいなので、60歳はゆうに超えているはずだが、少々若い気がした。
2004年にニューヨークで高評価を受けたエリアム・クライムの作で、演出は新国立の芸術監督の宮田慶子、今時珍しい真面目劇には好感を持つ。
新国立劇場