小幡欣冶作の民芸の新作は、戦前興津にいて「最後の元老」として首相指名を天皇に上奏し、昭和の政治を動かしていた西園寺公望の話。
興津の別荘の名が「坐魚荘」(ざぎょそう)であり、そこにいる女中たちの話で、谷崎潤一郎の『台所太平記』のような趣。
主人公は、西園寺の大滝修治と、出自の新橋の芸者に一旦戻ったが、老公のたっての願いで、再度戻ってきて女中頭(針女「しんみょう」というらしい)になるのが奈良岡朋子。
対して真面目で堅物の樫山文枝が笑いを取る。
昭和10年から始まり、時代は次第に軍国主義に傾斜して行き、ついには2.26事件の夜になる。
東京での反乱と同時に熱海の牧野前内相等が襲われ、興津にも反乱軍が向かったとの情報が入る。
その夜は、奈良岡の元亭主で、色事師の板前伊藤孝雄が、新しい女と一緒に出て行く日であった。
偉い人たちの大事件よりも、市井の庶民の些事の方が重要という作者の意図は明確だった。
「こんな老人に頼っていて平気なの」と奈良岡は言う。
そのとおり、西園寺らの意図とは逆に、日本は戦争への道を歩む。
普段は真面目な役の多い伊藤が、いい加減で軽薄な男を演じていて面白かった。
民芸の役者は皆上手いが、何か不足しているように思えるのは私の偏見だろうか。
パンフで、作者の小幡欣司は、新劇の劇団葦にいて、東宝(菊田一夫)が『人間の条件』を芸術座でやろうとしたとき、劇化権を作者から持っていた劇団葦が、座付き作者の小幡の作を条件として、それが小幡の東宝入りになったと初めて知った。