『浅草物語』

昭和12年の東京浅草。
妻に先立たれた酒屋の隠居大滝秀治は、三ノ輪で一人暮らしをしていたが、結婚話が持ち上がったと子供たちが集まってくる。
彼らは、皆下町で商家を営んでおり、今日のサラリーマン家庭とは違う生活や知恵があり、酒を水で薄めて儲ける「金魚」など、少々狡すからい商人の生活力が面白い。
だが、大滝の結婚相手の奈良岡朋子が、今は浅草でカフェーをやっているが、元は吉原の花魁だったので、子供全員は大反対。
次第に日本が戦争に向かって行く中で、浅草の芸人や商店、学生等も戦争体制に巻き込まれて行く。
この辺の人物や市井の些事の描写はさすがで、またドラマの展開も大変面白いのだが、一体これはどこに向かい、どのように結末を付けるのか、少々疑問に感じつつ1幕は終わる。
だが、それは杞憂に終わる。
奈良岡が昔生んで里子に出し、分かれた息子が出征のため、会いに浅草の店にやってくる。
そのとき、奈良岡は以前に世話をした娘から逆に讒訴されて、店は警察の手入れで、営業停止処分を食らい泥酔している。
こんなみっともない姿は見せられない、と店の鍵を掛け追い返してしまう。
扉の向こうから掛けられる息子の声。
ここで涙しない者がいたら、それは人非人である。
そして言うまでもなく、これは長谷川伸の名作『瞼の母』である。
翌日、やはり息子に会う決心をした奈良岡は、ひょうたん池で大滝と会う。
大滝は、改めて奈良岡へ結婚を申し込む。
息子に会って落ち着いたらと言うが、奈良岡は承知して、二人が結ばれることを示唆して終わる。

小幡欣冶は、長い間菊田一夫の元で東宝現代劇のエース作者として活躍してきたが、出は新劇だった。
彼がいた劇団に『人間の条件』の作者五味川純平が演劇化権を与えていた事から、東宝現代劇で『人間の条件』をやりたかった菊田一夫が小幡に脚本を依頼する。
そこから、東宝の劇作家のエースとして多数の作品を書いてきた。
その意味で、近年劇団民芸で優れた作品を書いているのは、いわば本家帰りのようなものなのである。

酒を水で薄めて儲ける「金魚」は、本当に金魚を入れて金魚が酔うよう寸前まで水を加えるもの。
布団屋の、良い綿の間に古い綿を入れてしまう「あんこ」など、下町の商人のせこい儲け方の披露が面白いが、小幡の実家はまさに浅草の小さな布団屋だったのだそうだ。

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