『土俵祭』

戦時中の黒澤明脚本の一つで、監督は丸根賛太郎、主演は片岡千恵蔵、大映京都で撮影は宮川一夫。昭和19年3月の作品で、黒澤作品で言えば、『一番美しく』の直前になる。
これにも、タイトルがない。『一番美しく』もそうだが、フィルムが不足していたので、タイトルがないのだ。
この辺は、アメリカとの格段の物量の差である。アメリカは、ミッドウェー海戦のとき、すでにカラーで記録映画を撮っていた。

日本がフィリピンを占領したとき、マッカーサーのアメリカ軍が捨てて逃げた大量の物資が残されていた。
中に大量の鉄の缶があり、日本の兵士は食糧だと思い、空けると生フィルムで、食べられず、がっかりしたそうだ。
そのくらいアメリカは、食料はおろか、フイルムまで戦場に持ち込んでいたのだ。
Vディスクという特別レコードまであった。ろくに武器、弾薬すらなかったのが日本なのだから、全く比較にならない。

中身は、明治初期に大相撲で苦労して出世する、富士の山・片岡千恵蔵を描くもので、特に大したものではない。
だが、丸根賛太郎は、本来抒情的なので、そこも良く出ている。
だが、ここで注目されることは、千恵蔵の富士の山が勝つのは、心の美しさ、正しさであることだ。
「裸の姿で、美しい心で戦っていれば、必ず勝つ」と言うのが黒澤明の信念である。
戦時中の黒澤明は、そのように思っていたはずだが、勿論近代の戦争がそんなことで勝つことはありえない。
総力戦なので、物量であり、それを支える経済力であり、科学力である。
その非科学性を言っても仕方がないのだが、黒澤の考え方がよく判る作品の一つである。

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