『どんと行こうぜ』

フィルム・センターの今月は、大島渚特集。
はじめは、監督以前の脚本作品。
『月見草』は、午前中に区役所の新年祝賀会に出たので、時間的に間に合わず、夕方の『どんと行こうぜ』を見る。
1959年6月の野村芳太郎監督作品で、大島は野村との共同脚本。
主演は、女子大生牧紀子で、相手役は津川雅彦、他の同級生は川津裕介、小坂一也、九條映子、中圭子など。
これに桑野みゆきと山本豊三を加えれば、当時の松竹の青春スターになる。

話は、大学の放送研究会の牧らが、兄でラジオ局ディレクター渡辺文雄の依頼で、大学生の実態をレポートすると言うもの。
主にアルバイトの実態だが、特に面白いものはない。
だが、問題は全体に暗いのだ。
石原裕次郎、小林旭、赤木圭一郎らの日活に比べ、カラーではなく白黒の性もあるが、実に暗い、さえない世界なのだ。経済が高度成長していくときに、貧乏くさい。
この辺から完全に松竹が時代とずれて行くものがあった。
ここで、注目されるのは、ラジオ局という新時代のメディアが出てくることは、やはり大島渚の危機意識だろう。
テレビにしたかったのだと思うが、予算的に無理だったのでラジオになったのか。
そして、この明朗青春映画の完全な裏返しとして、『青春残酷物語』が生まれたと言えるだろう。
音楽が芥川也寸志。
大笑いだったのは、ジャズ喫茶のシーンでクレージー・キャッツが出てきたのと、牧紀子の同僚の柔道部員として、家政婦おばさんの市原悦子が出てきたこと。

牧紀子は、かなり美人女優だったが、台詞が全く駄目で、1960年代の中頃に松竹をやめる。
日活の小林旭の『女の警察』シリーズで、逃亡した美人ホステス役に出た。
元旦那の加藤嘉が、牧のことを、わいせつな言い方で恐縮だが、「あいつは、なんとかジメなんだ、絶対に探してくれ」と小林旭に懇願するシーンがあった。
この「なんとかジメ」が、どういう台詞か憶えていないが、確かに、そういう感じがする女優だった。

帰りは、北品川の居酒屋ほ志乃に寄って飲む。
ご主人の星野夫妻は、正月は中国の深川でゴルフをやってきたとのこと。
正月は、5日からだったので、常連で一杯になる。

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