今泉力哉さんに

今泉さんが、きちんと書かれたので、私もコメントではなく記事として書きます。
6本の作品を見て最初に感じたのは、「これはピンク映画だ」と言うことでした。

ピンク映画など、今泉さんは見たこともないでしょう。
1960年代初頭、日本映画の崩壊の中で、あだ花のように一時期興隆した作品群です。今では、若松孝二が代表的監督としてしか記憶されていませんが、1960年代中頃は、大変な勢いでした。
黒澤明が、映画『赤ひげ』で山本周五郎の原作から男性同性愛の話を除き、近親相姦を印象に残らないようにした(根岸明美の独白のです)のは、当時のピンク映画への不快感からだと思います。そのピンク映画で活躍していたのが、『七人の侍』のプロデューサーの本木荘二郎(高木丈夫等の名前で監督した)でした。

ピンク映画の特徴は、勿論セックス表現ですが、同時に復讐と殺人でした。
先日の作品のほとんどは、大高を含め「復讐と殺人」だったと思います。
低予算の映画を短期間で作ると、必然的にそうなるのでしょうか。

今泉さんは、カサベテスがお好きとのことです。
私は彼の監督作品は『アメリカの影』しか見ていません。
でも、そこには人種対立、芸人社会の厳しさ、上昇志向性のある知的な黒人層など、アメリカ社会の現実や矛盾がきちんとドラマにされています。
一方、今泉さんは、あの作品で何を言いたかったのでしょうか、鈍感な私にはどうもよく分かりませんでした。

もし、現実に出来たことのみを描くとすれば、アクション映画は、ギャングか殺人者にしか作れなくなります。シェークスピアは、殺人をしたことがあるのでしょうか。
要は、想像力の問題というわけです。
近松門左衛門は、劇の真実は「虚実皮膜の間にある」、つまり嘘と現実のない交ぜにあると言っています。要は、どちらに偏っても面白くないと言うことです。

小津安二郎や成瀬巳喜男の映画の日常的な演技をしていないような演技も、松竹の笠智衆はもとより、杉村春子、東野英冶郎、中村伸郎、東山千枝子ら新劇の名優たちで演じられていたことを想起すべきでしょう。
小津が、役者に対してどのように演技を指示したか、よく分かる本があります。
作・演出家としては、全くひどくて、私も雑誌『ミュージック・マガジン』の演劇評で酷評したこともある故如月小春の本『俳優の領分』(新宿書房 2006年 3,200円)です。
彼女の死後に出た本で、俳優中村伸郎の伝記ですが、多分彼女の仕事の中で一番良いもので、多分後世に残るものと私は思っています。
そこでは、中村伸郎は、小津から演技について、「さりげなく、ただし思いを込めて」と言われたと書かれています。
相当に力量のある俳優でなければできないことです。

ただし、その通りやったのでは面白くないので、中村伸郎は少しづつ小津の指示をズラし自分の演じたいようにやったと言っています。
このようなレベルの高いところに、あの演技をしていないような芝居は存在していたのです。

絵画、小説、音楽等でも、原始時代の作品の方が非リアル、象徴的、抽象的で、古代、中世、近代、現代になるにしたがって現実的、リアリズムになります。
どのジャンルでもリアリズムは、最後の、最も高度な技法なのです。
子供の絵は、普通はきわめてデフォルメされていたり、抽象的だったりするのも、その性です。
別の言い方をすれば、野球で言えば、高校野球の投手にとって一番大事なのはストレートのスピードであり、変化球ではないのと同じです。
今泉さんら、若手は是非正統的な映画表現を目指してください。
もし、完成形ができたなら教えてください、必ず見に行きます。

因みに私が好きな監督は、豊田四郎や森一生、増村保造らの職人的監督です。

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コメント

  1. 今泉力哉 より:

    真摯なお答え感謝いたします。
    こんな自分に真摯なお答えありがとうございます。勉強不足も甚だしい自分が、「リアリティ」がどうだこうだ、言うのは本当に間違っていると思いました。誤解を恐れずに、すごく極端なものの言い方をすれば、「自然な芝居」「リアリティ」などと言われている多くの芝居が、「それしかできないからそうしている芝居」である気がします。たとえば、大きな声を出せない俳優、熱を持ってなにかオーバーな表現をすることをできもしないのに軽蔑しているような人の多さに、自分も嫌気がさします。
    小津の映画みたいなものを目指そうなどとは決して思いません。恐れ多いですし、今の自分には到底不可能です。また、中村伸郎のコメントだけでなく、小津が本当に俳優に対して放任とは真逆の演出方法をとっていたことはなにかで読んだことがあります。これからも、名作と言われている多くの作品を見直して、なぜそれが面白いのか、また自分にとって面白いと感じる映画とは何なのか、もう一度真剣に考えてみようと思います。ありがとうございました。
    これからも作品をつくり続けていきたいと思います。
    豊田四郎や森一生、増村保造、見てみようと思います。増村を何本かしか見たことがないですが、「青空娘」最高に面白かったです。

  2. さすらい日乗 より:

    まずは4大監督から
    黒澤明、小津安二郎、溝口健二、成瀬巳喜男を4大監督と言うそうです。まずは、彼らからご覧になってはいかが。映画館やレンタル店のみならず、公共図書館でも見られます。
    個人的には、溝口と成瀬が好きですが。

    この4人に共通するのは、全員東京下町の生まれで、大学は出ていなくて、サイレント映画を見てスタートとしたことです。黒澤以外は、全員サイレント映画を撮っています。映画を勉強するには、サイレントも良いと思います。