松竹大船にとっての戦争とは何か 『いたずら』

1959年の松竹映画『いたずら』を見る。
原作は志賀直哉の短編で、脚本は内藤保彦、監督は中村登、有馬稲子、杉浦直樹、高橋貞二の主演である。
昭和10年代の日中戦争(字幕では日華事変)が始まった頃、四国の町の中学に英語教師の杉浦直樹が赴任してくるが、高知市らしい。
駅に出迎えるのは同じ英語教師の高橋貞二で、彼は陸大受験をする連隊将校に英語を教え、彼らにたかって料亭で遊んでいる暢気者。
彼が芸者にもてたことを余りに吹聴するので、学校の事務員の小瀬郎は、高橋をからかってやろうと、彼に女のニセ手紙を出してからかう。多分、このアイディアのところが志賀直哉の原作なのだろう。

杉浦は、生徒の山本豊三の姉の有馬稲子と知り合う。
有馬の父の山村聡は、連隊長で、有馬を自分の部下の模範将校の諸角啓二郎と結婚させようとしている。
山本豊三は、姉の軍人との結婚に大反対し、杉浦も美人の有馬に惹かれるが、些細な行き違いから有馬は、諸角と結婚し、家族ごと旭川に行くことになる。
また、高橋には召集令状が来て杉浦は、彼の母から、高橋が本来は傷つきやすい性格であることや失恋の件を聞き、豪放磊落さの裏の、彼の繊細さ知る。
この性格設定は、高橋にぴったりであり、本当に高橋貞二は良い役者だった。
高橋と佐田啓二と、二人の看板役者を失ったのだから、松竹が不振になったのも無理はない。
杉浦と小瀬は、ニセ手紙のいたずらを詫びるが、高橋はそんなことに気くこともなく喜び勇んで出征して行く。

ここで考えるべきは、中村登、そして「松竹大船にとっての戦争は何であったか」と言うことである。
杉浦と高橋が英語の教師であることは、明らかに太平洋戦争反対の立場を示している。
また、杉浦と有馬の悲恋に象徴されるのは、男女の不幸を作り出すものとしての戦争である。
そして、高橋貞二が、慫慂として軍隊に行くのは、戦争に対して積極的な参加も否定もせず、せいぜいいやいや仕方なく従った戦争体制への松竹の姿勢の象徴である。
これが作られた時は、大島渚らのヌーベルバークが出てくるときで、彼は当時の「日本映画を被害者としてのみ日本人を描いているが、それはすでに戦後の現実に無関係なものになっていた」と言っている。
確かに当っている面がある。

中学教師の高橋が、将校への英語の補習のアルバイトをやっているが、今なら即クビに違いない。
また、小瀬郎が、高橋貞二の口利きで、学校に勤務しているようだが、これも現在で見れば不正な就職斡旋であろう。
衛星劇場

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