小津嫌い

私が役所に入った1970年代前半、同じ職場にもう定年まじかだったが、映画やお芝居が好きな面白い女性がいた。
なかなかの美人だったが、独身だった。
当時は、弟さんの家にその家族と一緒に生活していたが、戦前には一度結婚したことがあるという噂だった。
だが、戦争で夫を亡くし、その後は独身をつらぬいたようで、まるで『東京物語』の原節子だが、その人が小津安二郎の映画が大嫌いだった。
「小津って嫌味ね、あの台詞の言い方、わざとらしくて、嫌になる」
この辺が、当時の普通の映画ファンの小津映画への見方だったと思う。

映画関係者の間でも、松竹の城戸四郎を代表に、「小津はもう時代遅れ」という評価が一般的で、西河克己や篠田正浩は、その城戸四郎が小津を嫌っていたことをテレビで証言していた。

「小津の映画は1本も当たらない、でも松竹の看板だから必要なのだ。
だから君たちは絶対に小津の真似をしてはいけないよ」と言っていたのは、西河であり、
「小津のような移動も、パンも、望遠も使わないような死んだ映画のどこが良いのだ」と城戸は篠田に言ったそうだ。
だが「小津は、絶対映画です」と篠田は反論したそうだが、城戸はよくわからなかったらしい。
確かに小津安二郎の映画は、一種の絶対映画で、その本質は映画的リズムにある、というより、リズムにしかないとも言える。
小津映画の中身は大体どうでも良いのである。
戦後の小津作品で、作品の内容にに意味があるのは『風の中の雌鳥』と『東京暮色』くらいだと私は思う。

私も勿論、小津に関心はなかった。
その後、30代二になって小津安二郎の作品を見て、『東京物語』や『麦秋』、『晩春』もすごいとは思う。
だが、一番気を引かれる作品は、『東京暮色』である。
その理由は、以前書いたので、繰り返さない。

その女性は、定年の後、数年間嘱託で同じ職場で働き、辞めた後、すぐに亡くなられた。
ある朝、本当に突然だったらしい。
みな「Tさんらしい、本当にさっぱりとした死に方だった」と言った。
私も勿論、葬式に行き、ご冥福をお祈りした。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

コメント

  1. ウィーダ より:

    何か喧嘩売られちゃった感が…

    確かに小津安二郎は繰り返し同じ内容で映画撮ってました。けどそれだって小津なりのテーマがあり、「風邪の中の雌鶏」「早春」「東京暮色」だって小津のテイストからかけ離れても小津安二郎一貫のテーマがあると思います。また小津自身だって所詮は松竹の雇われの大看板の立場だから故に「Z」みたいな映画だって撮りたかったんじゃないですか。城戸四郎の姿勢(まあ彼も商人だから)それに共鳴した大島渚、篠田正浩もしかり。そんなとこから、「犬の餌にでもやればいい」という邦画はエゲツナイ、下品でダサい世界最低な粗大ゴミとなったと思います。

  2. さすらい日乗 より:

    言葉にはお気をつけて
    犬の餌、エゲツナイ、ダサい、粗大ゴミなど、もう少しましなお言葉を使ったらどうですか。
    ご自分が下品に見えるだけです。

  3. ウィーダ より:

    貴重なアドバイス厚く御礼申し上げます。

    だって本当にその様な言葉しか「該当」しないんですよね。どれもこれも。四方八方何から何まで。そんな物しか作れないのもどうかと思いますよ。環境破壊に「貢献」してるも同然。
    山田洋次は別ですが。
    邦画は何を見ても、女の裸さえ出せばいいと思っている。不快極まりない濡れ場を出せばいいと思っている。あんなのは映画は呼ばない、れっきとした「アダルトビデオ」ですよ。そんな物ばかり作る日本映画界は如何なものでしょうかね(笑)?

    ※私は逆に指田さんに問いたい。邦画のどこが良いのですか。答えを伺いたい。

  4. さすらい日乗 より:

    今のはひどいですよ
    私も、今の日本映画はひどいと思う。
    ただ、昔のはすごいものがいくらでもある。
    1963、4年あたりが日本映画界のピークだったと思う。
    当時は、まだ戦前派もいて、増村保造や岡本喜八らの戦中派も元気、今村や大島などの若い連中もいたという具合で。
    特に日活は、1963年、1964年が最高だったと思う。その頃の作品を是非見てください。
    山田洋次はうまいけれど、共産党なので嫌い。

  5. ウィーダ より:

    私は共産党贔屓です。

    それに右だ左だ、アカだクロだ、シロだでその監督や俳優の作品を差別したりするのはつまらなくないですか、それって?
    でも同じアカでも山本薩夫は嫌い。あの人の作風はとにかく堅すぎて。ウザい。
    私は日活映画は嫌いですが、裕次郎路線になる前の「あした来る人」は好きです。
    あと五所平之助の「猟銃」。私は個人的に成瀬巳喜男が他界した瞬間から、いや小津が他界した瞬間から「日本映画が死んだ日」と思います。

  6. ウィーダ より:

    ただ…
    「若い人」はいいですね。
    吉永小百合が珍しく屈折した役どころだったのが新鮮でした。

  7. ウィーダ より:

    指田さんは最近の日本映画で

    何がお好きですか?
    ちなみに私はつい先日観た
    「マーガレット・サッチャー~鉄の女の涙~」と「容疑者ホアキン・フェニックス」DVDで借りた「夢の涯てまで」が良かったです。

  8. さすらい日乗 より:

    最近のはあまり見ていませんが
    堤幸彦は、いつも笑いながら見ています。『trick』や『自虐の唄』もまあまあでした。
    他に、『悪人』は大変良かったし、『告白』や『嫌われ松子の一生』も傑作だったと思います。

    本当に好きなのは、溝口と成瀬を別格にして、豊田四郎の『甘い汗』、川島雄三『花影』、渋谷実『もず』、森一生『ある殺し屋』『霧隠才蔵・伊賀屋敷』増村保造『妻は告白する』『第二の性』、蔵原惟繕『憎いあンちくしょう』『愛の渇き』、岡本喜八『青葉繁れる』『侍』、大島渚『少年』、今村昌平『復讐するは我にあり』、篠田正浩『暗殺』、野村孝『拳銃は俺のパスポート』、鈴木清順『野獣の青春』『けんかえれじい』、中平康『泥だらけの純情』『紅の翼』、加藤泰『三代目襲名』『懲役18年』、神代辰巳『青春の蹉跌』、高木丈夫『濡れた素肌』、松本俊夫『薔薇の葬列』等でしょうか。市川崑も『細雪』と『悪魔の手毬唄』は良かったと思う。

    山田洋次は、さなり民青イデオロギーが見えるので嫌いです。
    同じ共産党員でも、今井正『夜の鼓』や山本薩夫の『華麗なる一族』等の方が、上手く見せるので好きです。

    『若い人』も3本全部見ていますが、西河克己監督のが一番良かったと思う。

    『猟銃』と『明日来る人』も、見ていますが、意味がよく分からない、ピント来ない作品でしたが、どこが良いのでしょうか、是非教えてください。

  9. ウィーダ より:

    双方の作品は

    私自身どちらかといえば文芸物を好みます。

    「猟銃」の場合、原作では女性三人がクローズアップされてますが、映画では山本富士子が佐分利信との出会いから自殺までの繊細な心の描写、その背徳の怯え、はっきりとしない、
    というかそれに踏ん切りがつかない、踏ん切りを下したくないかの様な女心の悲しみが共感出来ました。

    「あした来る人」は単なる乙女心です。妄想です。いけませんかね?それって?
    山本薩夫はやっぱりダメ。どうもダメ。寧ろ彼の作品の方が政治色があまりに強すぎるから…