神奈川芸術劇場で、宮本亜門構成・演出の『マダムバタフライ・X』を見た。
宮本亜門の演出作品は、随分見ているが、その中では一番良かった。
多くの観客は最後は泣いていた。
オペラ歌手の声のすごさには、皆驚いたようだった。
だが、この作品の良さは、宮本亜門がほとんどプッチーニの作品に手を加えず、良いシーンだけをダイジェストしたことにある。
一応、このオペラを題材にテレビ・ドキュメンタリーを撮影するという枠組みが設定されているが。
その通りで、出演者は、主要な配役のみで、背景のコーラス等は一切なく、楽団も5人くらいのもの。
美術もグリーン一色のセットを、特撮のブルー・バック合成で、舞台上のスクリーンの日本家屋に投影して合成するという経済性。
幕間の休憩のとき、知人の一人は、
「これはオペラではなく、ガラ・コンサートですね」と言っていた。
これは、オペラから歌唱としての良い部分のみを抽出したエッセンスであり、それはそれで良い。
だが、オペラは、歌舞伎と同じで、どうでも良い、何もせずにいるだけの「聞いたか坊主や昆布巻き女中」でも、そこにいる意味があるように、中身のある者だけで舞台は成立するものではないと私は思う。
芝居というものは、本来究極の無意味な存在なのだから、そこに意味のある要素のみで構成するのはいかがなものかと思うのである。
それもこれも神奈川県からの予算が少ないことに原因があるのだろうが、誠に大変なことである。
神奈川芸術劇場 大ホール