アメリカ人の映画評論家ドナルド・リチー氏が亡くなられた、88歳。
彼は、戦後来日し、米軍の新聞で映画の紹介、批評を担当し、特に日本映画のアメリカへの紹介に大変なご功績があった。
私が、最初に驚いたのは、彼の『黒澤明の映画』を読んだ時で、佐藤忠男の『黒澤明の世界』と共に、黒澤明についての極めて早い時期の評論集だった。
リチー氏の本は、黒澤の作品の内容、表現等をきわめて正確かつ精密に分析したもので、当時の日本の映画評論のスタイルにはないものだった。
実は、私は今「黒澤明論」の出版を準備しているのだが、それを書く上で一番参考になったのが、リチー氏と佐藤忠男さんの黒澤明論だった。
今や世界中で、黒澤明をはじめ、小津安二郎、溝口健二、成瀬巳喜男等の日本の映画監督が賞賛され、研究されてる。
その端緒を開かれたのは、間違いなくドナルド・リチー氏である。
また、佐藤忠男さんによれば、リチー氏は、特に日本の「庶民映画」が大好きで、これは世界的にも独自なものだと言っておられたとのことだ。
確かに、戦前からの松竹、東宝、大映等で多数作られた都市の中流から下層の市民の日常生活を題材とした映画は、世界的にも希なジャンルだろう。
似たものといえば、イタリアのネオリアリズム作品やイギリスのリアリズム映画くらいしかないかもしれない。
ともかく、異国の地で、その国の文化を紹介するというのは、その文化全体への大きな愛がなければできることではないだろう。
こういう人にこそ、本当は国民栄誉賞をあげるべきではないだろうか。
訃報で珍しいのは、喪主が友人となっていることであろう。
彼は独身だったので当然なのだろうが。
以前、石川好の本で、アメリカ人でアジア等の文化に惹かれる人には、心の優しい人が多いと書かれていたが、やはりそうなのだろうか。
ご冥福をお祈りしたい。