今や国民的大監督になった山田洋次監督作品。
少しでも文句を言えば、非国民扱いさせられそうだが、一応言うべきことは書いておく。
筋は、小津安二郎の映画『東京物語』のリメークであり、主な人物や台詞までも、ほぼ前作と同様。
ただし、原節子が前作で演じた、戦死した次男の未亡人間宮紀子の設定は大きく変えられている。
さらに、今回の蒼井優の役には、前作で香川京子が演じた末娘の役割も加えられている。
蒼井優が演じる紀子は書店員で、東日本大震災へのボランティア活動で、次男の妻夫木聡に会って付き合い始めた。
この次男は、前作では戦死していて現れず、未亡人が原節子で、その下に三男がいて、大坂志郎が演じる真面目な国鉄職員だった。
だが、この妻夫木は、歌舞伎をはじめ小劇場等の舞台美術、要は芝居の裏方の仕事で生活しているフリーターになっている。
そして、皮肉にもこの妻夫木と蒼井、そして妻夫木の両親の橋爪功・吉行和子との件が一番面白く、輝いている。
蒼井と妻夫木の演技は自然でとても良く、当然だが橋爪と吉行も流石である。
だが、長男の西村雅彦と長女の中島朋子、さらに中島の夫の林家正蔵の演技は、嘘が見え見えで大変によろしくない。
もっとも、前作では山村聡、杉村春子、中村伸郎の新劇の名優だったのだから、比較するのが根本的に無理だとも言えるが。
中村伸郎によれば、小津安二郎の演技への指示は非常に厳格で、台詞の抑揚等も決められるが、それを本番では少しづつ変えて自分流にしたそうだ。
そんな名優と名監督の決闘のような演技比べの中で小津安二郎映画は成立していたのであるのだから、今の役者に無理なのは当然だろう。
他の役者で言えば、西村の妻役の夏川結衣が普通の芝居で、意外な好演なのは驚く。
橋爪が会う旧友小林稔侍はともかくとして、亡くなった旧友の妻が誰だかわからなかったが、配役を見ると茅島成美で、あまりに太っていた。
主題としては、橋爪が寄って飲み屋で言う
「どうして日本はいつからこうなったのか、これで良いのか」だろう。
戦後の小津安二郎には、「戦前の自分たちのモダニズム賛美が、戦後の太陽族に象徴される混乱の原因」という自戒があり、『東京暮色』に出ている。
その意味では、すでに映画『東京物語』にも「どうして、いつから日本はこうなったのか、どこに行くのか」という問いは底流にあるのだが。
結論としては、いかに小津・野田高梧の前作の脚本がよくできていたかであり、リメークの難しさを再認識させられた。
前作に出た主な俳優の中で、今もご存命なのは、原節子と香川京子だけだろう、時代の推移を感じざるを得ない。
山田洋次監督生活50周年を謳っているが、厳密には1961年に山田は『二階の他人』で監督しているので、52年になるはずだ。
ただ、松竹では、初めは助監督契約のまま2,3本作らせてダメなら戻し、合格すれば監督契約にする、という仕来りがあった。
だから、『二階の他人』は、助監督の身分の作品であり、正式な監督契約では1963年の『下町の太陽』なので、2013年は50周年というのだろうか。
なんとも松竹らしい言い方である。
キネカ大森