横浜市中央図書館で見つけた本だが、面白くて最後まで、その場で読んでしまった。
昭和18年、疎開先の田舎の土蔵で、15代目市村羽左衛門のレコードを聴き、感動したところから始まる。
15代目は、SPレコードの枚数の多い人で、それは毎月松竹から貰うお給金だけでは足らず、そのためにレコードを沢山吹き込んだからと言われている。
恐らく、当時は吹き込み料は、その場で現金で払われたので、それで愛人のところに行ったのだそうだ。
ともかく人気のあった役者で、多くの愛人がいたと言われているが、羽左衛門を悪く言う人はいなかったとのこと。
渡辺さんが、実際に歌舞伎を見たのは2年前の昭和16年で、六代目菊五郎の舞台で、今考えれば非常に「官能的」なものを感じたのだとのこと。
この本で、一番面白かったのは、劇評家の目標として、三宅周太郎、岡鬼太郎、戸板康二の3人を上げていることである。
戸板康二は、テレビにもよく出て、推理作家、劇作家としての仕事もあったので知られているし、三宅周太郎も歌舞伎の評論家としては有名なので、知っている方も多いだろう。
だが、岡鬼太郎は、その名を知っている人は、そう多くはないのではないかと思う。
私は、20代で、偶然に実家の池上にあった古本屋で『歌舞伎と文楽』を買い、この人の批評に引かれた。
渡辺さんも書かれているが、この岡鬼太郎は、劇評が辛辣なので有名で、六代目尾上菊五郎でも「ニン」に合わない役の時は、「ご苦労」の一言なのである。
随分と厳しく書かれて、平気だったのかと思うが、岡鬼太郎は、後に新聞社から松竹に招かれて演出にも携わることになるのだから面白い。
思えば、松竹も随分と度量があったと言うべきだろう。
先日、ある劇を見に行ったら、渡辺保さんがおられた。
ときどき、劇場でお見かけするのだが、テレビで見るのとは違って、大変に小柄で、その意味では昔の役者のような上品なお姿だった。