かつて日本映画界には三人の天皇がいた。一人は勿論黒沢明、『明治天皇と日露大戦争』で大ヒットの監督渡辺邦夫、そして左翼独立プロで活躍したカメラマンの宮島義勇。
黒沢は有名だが、渡辺も実にエピソードの多い人だったらしい。
「早く、安く、楽しく」をモットーに大量の娯楽作品を各社で撮った。今、テレビ映画の監督をやっている渡辺邦彦がその息子である。
昨年亡くなった石井輝男は渡辺のエノケンの映画で助監督に付いたとき、「先生はなんでこんなくだらない作品を作るんですか」と聞いたそうだ。
すると大先生は、真っ赤になって怒り、「何故俺が300本を越える映画を撮れた言ってみろ!」と怒鳴ったそうだ。
そこで石井は「先生は、モラルだけはきちんと守っているからでしょう」というと、「本当はこんな映画は撮りたくない。俺が一番撮りたい映画は、マルクスの『資本論』だ」と答えたので石井は仰天したそうだ。
なぜなら、渡辺は東宝の大ストライキのとき、組合の最大の反対派で、すぐに新東宝を作った「反共の闘士」の先鋒だったからだ。
だが、彼も学生時代は共産党員だったそうだから、故なしではないのだ。