藤田敏八は『ゴドー』である


シネマ・ヴェーラの「ロマンポルノ再入門シリーズ」で藤田敏八監督の『エロスは甘き香り』を見た。
1973年藤田監督映画としては、東宝での『赤い鳥逃げた』とほぼ同時期に公開された。

藤田映画は、極めて抒情的でいつもドラマがなく、とりとめがない。そして、『八月の濡れた砂』のように、いきなり最後で破局する。
このとりとめのなさは、ベケットの『ゴドーを待ちながら』だと気づいた。

『赤い鳥逃げた』では、主人公の原田芳雄は「俺たちは、やることがないからもう年寄りだ」と盛んに嘆いていた。
これは、『ゴドー』の二人と同じで、彼らはすることがなく遊びで時間をつないでいる。
藤田映画でも、男たちがいつも遊戯的に生きている。
『エロスは甘き香り』では、高橋長英と谷本一の、二人のヒモ男は、することもなくポーカーの賭けに時間を費やしている。だが、『エロスは甘き香り』では、破局はなく、二人がずっと遊戯的に生きていくことを示唆して終わるので、どこか中途半端だった。
それは、前作『赤い鳥逃げた』で、原田、大門らが射殺されるラストシーンを作ったので、ここではやめたのかもしれない。

音楽が随分叙情的だなと思ったら、前作と同じ樋口康雄だった。
『エロスは甘き香り』の舞台は、三多摩の米軍住宅跡地(多分福生だろう)で、村上龍の『限りになく透明に近いブルー』の先駆的作品である。

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