太平洋を一人ヨットで渡った堀江謙一のベストセラー『太平洋ひとりぼっち』を市川崑監督、石原裕次郎主演で映画化したもの。石原プロの第一作であるが、余り当たらなかったらしい。
西宮の青年堀江は、ヨットでアメリカに行くことを計画し、一人で実行に移す。
家族は勿論、関西大学ヨット部の仲間も皆無謀だと反対し、誰も協力してくれない。
彼は、自宅の犬しか友達のいない孤独な青年なのだ。
周囲のすべてに反対され太平洋に出て行く堀江は、多分このとき初めて日活を離れ自分のプロで映画を製作した裕次郎自身の気持ちでもあったろう。
西宮を密かに出てから、無事サンフランシスコに着くまでの航海が、回想による準備と交錯して描かれる。堀江氏の準備の周到さはたいしたものである。
家族のキャスティングが大変良く、頑固な父が森雅之、優しい母親が田中絹代、妹が浅丘ルリ子で、これは市川崑の名作『おとうと』での、森、田中、そして息子の川口浩と同工の配役である。
『おとうと』では、封建的な家と社会から逃れられず、無軌道な反抗と放埓を繰り返して川口は、結核で死ぬ。
ここでは、裕次郎は家と社会からの脱出をヨットでの太平洋横断で実現する。
出入国管理法で違反であるはずの太平洋横断は、アメリカでは英雄的行為として賞賛され、彼は一夜でヒーローになってしまう。
この辺は、アメリカの面白いところであり、これは現在の野茂からイチロー、松坂に至るメジャー・リーグ選手の受け入れられ方と同じである。
この映画は、大変良くできていて市川崑作品でも上位の部類で、山崎善弘の映像も武満徹のフルオーケストラの音楽も素晴らしいが、何故か日本では余りヒットしなかった。
その理由は、日本人の中に堀江氏の行為に対してどこか反感があったためだと思う。
これとほぼ同じ頃、小田実はフルブライト奨学金でアメリカに行き、その後の世界旅行を『何でも見てやろう』と本にして、これも大べストセラーになる。
私も中学の図書館でこの本を読んだ。そのくらいの大ベストセラーだったのだ。
小田氏はつい最近亡くなられた。
この時代、青年にとって最大の課題は日本からの脱出で、それほど日本は閉鎖された社会だったのだ。
若き沢木耕太郎が、バックパッカーとしてアジア、ユーラシア大陸を放浪するのも、この延長線上なのである。