思いやり予算に見る戦争感の差異

現政権の事業仕分けもやっと終了したが、このところ話題が防衛省の米軍への「思いやり予算」である。
勿論、無駄な部分は、当然削減すべきである。
しかし、そこで見えてくるのは、アメリカと日本との戦争感の違いである。
日本人の戦争への考えは、つねに決死の覚悟で、眦を決して日々戦闘に当たるというものである。そして、最後は玉砕か、特攻になる。つまり、異常な非日常性が支配する世界である。
だが、アメリカの戦争体制感は全く異なる。
アメリカの戦争は、国内での日常生活をそのまま行うことが至上命題である。
だから、基地にはスーパーから映画館、レストラン、テニスコートなどアメリカ国内と同じ施設を配備し、同等の生活を享受することができる。
それは、先の太平洋戦争中でも同じだった。
ジャズに詳しい人なら、戦時中にアメリカが「Vディスク」というレコードを作っていたことをご存知だろう。
これは、太平洋島々の兵士たちを慰問するために、軍隊が特別に作ったレコードである。
今では復刻もされているが、本体はSPでもLPでもない特殊レコードで、空中から投下しても壊れないように出来ていた。
また、当時はレコーディング・ストライキの時代で、多くの音楽家が吹き込みを拒否していたが、これにだけは愛国心で吹き込んだので、今は貴重版になっている。
ともかく、それだけ兵士の生活、日常を重視していたと言うことだろ。
しかし、よく考えるとそうした軍隊の方が最後は強いようだ。

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