『白と黒』

昔、東京映画という会社があった。東宝の子会社で、スタジオを持っていた。
これが作られた理由は、映画『夫婦善哉』の撮影のとき、監督の豊田四郎が演出に粘りすぎて、3か月も掛ってしまい、一つのスタジオを占拠されるのは、大量生産時代に困ったからだ。
世田谷にスタジオ1棟を建てて、豊田の他、川島雄三、久松清児など、ベテラン監督でゆっくりと撮影させることにしたのだ。
ほぼ同時期に関西に宝塚映画を作り、これによって大作やスターの娯楽映画は、東宝で作るが、他の文芸映画等は、東京映画と宝塚映画で作ることにした。
そして、これは日活が1954年に製作を再開し、「5社協定」ができた時に、もう一つの意味ができた。
東宝としては、この協定で出演させられない他社の俳優を、この東京映画を使えば製作できるようになったからだ。
この方式が一番活用されたのが、『駅前シリーズ』で、森繁久彌、フランキー堺と共に、伴淳三郎の出演が必須だったが、東宝では無理だが、東京映画なら、松竹の伴淳三郎も出られたからだ。
これによって、豊田四郎作品に、若尾文子や京マチ子が出られることにもなったのだ。
さらに、ここに佐藤一郎や椎野英之らの、俳優座や文学座の関係者が参加することで、ここの作品には多くの新劇俳優が出ることになる。

この『白と黒』も、主人公の仲代達矢をはじめとして、弁護士仲代の師匠が千田是也のほか、弁護士仲間に三島雅夫、検事の小林桂樹の上司に永井智雄と小沢栄太郎と脇役は、ほとんど俳優座の役者で、ほとんど俳優座映画である。
冒頭に、淡島千景に、「あんたなんて男妾みたいなもんじゃない!」と言われ、逆上した仲代達矢が淡島の首を絞めるシーンがあり、部屋から去る仲代で、メイン・タイトル。
仲代のアパートの部屋に女中の菅井きんから電話が掛ってきて
「奥さんが殺された・・」
仲代が現場の寝室に来て、刑事の西村晃に、「何時まで部屋にいたのか・・・」と聞かれ、仲代が答えに躊躇しているところに警官の声で、
「犯人が捕まりました!」
犯人は、前科者の井川比佐氏で、当初は金品を奪った強盗は認めていたが、殺人は強く否認する。
だが、検事の小林が尋問すると、最後は自暴自棄になって「俺がやったんだ」と自白する。
そして、死刑廃止論者の千田が弁護士につき、法廷では千田の隣に仲代が座っている。
仲代には、婚約者がいて、三島の娘の大空真弓である。

この映画には、1963年当時、まだ日本に存在していた「階級差」が表現されている。
仲代や井川らは、下層階級出で、千田や妻の淡島、三島雅夫や大空、仲代が顧問弁護士をしている土建屋の東野英治郎らは、上流階級である。
小林や西村、さらに検察事務官の浜村純らは、その中間という構図である。
検察室の女性事務員は、小林哲子で、本当に俳優座映画である。小林は、大柄な美人で、映画『海底軍艦』では女王を演じているが、スキャンダルで引退したので、出演作は少ない。

焦点は、殺人を犯している仲代がどのように真犯人として暴かれるかだが、小林は、仲代が、飲屋の女岩崎加根子との婚約が壊れたことから、彼女に謎の手紙が来たことを聞き出し、筆跡鑑定で、手紙は淡島であることを突き止める。
西村が、小林の指示で、地道な捜査をするのが凄い。
さらに、小林と西村は、テニスコートで、大空に手紙を見せるが、大空は「自分には来ていない」と否定する。

そして、小林は、仲代を呼出し、新橋の飲屋の二階で仲代を詰問する。
この二大スターのやり取りは凄く、部屋の外には、電車が走っているが、これは特殊撮影の一部で、狭い東京映画のスタジオでの撮影だろう。
美術は、水谷浩で、これもすごい。撮影も元大映の村井博で、このスタジオにはフリーの優秀なスタッフが集められていたのだ。岡崎宏三も、後にここで豊田四郎と名作を作ることになる。
仲代との長い対決で、小林は最後の切り札を使う。それは大空真弓に、手紙を見せた時のことだ。
大空に反応がなかったのは、事前に見ている、つまり淡島から仲代の悪事を暴き、結婚を断念するように仕向けた手紙があったのだ。
仲代は、犯行を自白し、一躍小林は正義の検察官として話題となり、ついにはテレビに出るまでになる。
ところが、北海道から手紙が来て、犯行の日、千田の家に電話をしたと浜田寅彦が証言する。
すると、電話局から、受話器が外れた電話に注意の電話をしたことが分かり、時間から、淡島が意識不明から息を吹き返していたことが分かる。この時の局員も横森久である。
つまり、仲代は殺人未遂で、本当に殺したのは、やはり井川だったわけだ。
最後、小林は釧路に左遷となり、仲代は故郷に帰るという。
殺人未遂の仲代が、すぐに保釈されて裁判に掛けられないのはおかしい気もするが、非常によくできた推理劇である。
脚本の橋本忍のリアリズムがすごいが、監督の堀川弘通も、役者の演技を最大限に引き出している。
銀座のバーで、小林と仲代の他、東野らが飲むシーンの演技は絶品というべきだろう。特に東野が良い。

キネマ旬報ベストテンでは、9位で、10位は浦山の『非行少女』であり、ベストワンは今村昌平の『にっぽん昆虫記』、2位は黒澤明の『天国と地獄』だった。
日本映画の黄金時代だったなあと思う。
NHKBS

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コメント

  1. yroom より:

    一日に一本映画を見ていますが、たまたま録画してあったので見てみました。これは凄い映画ですね。電話局が受話器が外れたことを知らせたら、女性の声で「すいません」の声があったという事ですが、井川比佐志の証言の映像では犯行時に電話が鳴っていて淡島千景は電話に出ていません。誰が出たんでしょう。ずっと沈鬱な表情の仲代達矢は小林桂樹のお見舞いに行った時には実に晴々とした表情をしていました。自殺するのはちょっと意外です。事件現場にもう一人女性がいたと考えられませんか。そう大空真弓です。仲代は彼女をかばうために自白したのではないでしょうか。冒頭に仲代の主観映像が流れますが、これを観客は普通は客観映像と思い込みます。映画の特性を利用した見事なトリックです。橋本忍はよく映画に仕掛けをかけていますが、これは最高に上手くいった映画ですね。

  2. 私も久しぶりに見て凄いと思いました。
    自殺したのは、仲代ではなく千田是也では。
    でも、仲代は、殺人未遂ですぐに保釈されるのでしょうか、ここは疑問ですね。
    その後に裁判があるのでしょうかね、台詞で説明されてもと思いました。

    電話の件、凄い推理ですね。
    たしかに、私もすぐには納得できませんでしたが、橋本忍はそこまで考えたのでしょうか。
    大空真弓の役が軽すぎるので、本当はそうなのかもしれません。
    たしか大空は、この頃は数少ない東京映画の専属女優だったはずですから。池内淳子も専属だったと思います。

    私は、毎日、邦画、洋画、その他演劇などを見ています。

  3. 見直しました。自殺はご指摘のとおり仲代でした。
    甲府で自殺というので、千田是也と間違えました。同郷の後輩を取り立ててやっていたということでしょうか。しかし、ひどい裏切りですね、淡島も仲代も。

    路上で仲代を当日見かけたという御用聞きは、東野英心でした。この人、早く亡くなったので、映画出演は少ないので貴重です。

    全員が不幸になる映画ですが、橋本忍はそういうところがありますね。