『平成ジレンマ』

戸塚ヨットスクールの戸塚宏が、刑期を終え社会に復帰しているのを知ったのは、テレビのワイドショーでの討論だった。
相手は、人気絶頂のヤンキー先生義家弘介だったが、戸塚宏の迫力にたじたじだった。
そのときの義家のうろたえ方から、私はこのヤンキー先生なる者が偽者に見えたが、それは当っていた。

戸塚ヨット・スクールは、1980年代に、生徒の事故死や自殺で、テレビのワイド・ショーやマス・コミから暴力と体罰の巣として、さんざ叩かれ、戸塚は起訴され、裁判は最高裁まで行き、彼は懲役6年の刑を受ける。
当時は、100人以上いた生徒は、今は10人だが、きちんと運営されていて、これはその実態を長期にわたって撮影したドキュメンタりーである。

第一に受ける印象は、戸塚宏という人は、随分と誠実な人だな、と言うものである。
勿論、「入学金300万円、月に寮費11万円と言うのは高い、金儲けでは」と思う人もいるかもしれない。
だが、世の中にはそれだけを払っても、子供の不登校、引きこもり、家庭内暴力等を何とかしたいと願っている親が無数にいると言うことなのだ。
これから目を背けては、この問題の意味は分からない。
戸塚の言動、教育方法がすべて正しいとは思えない。
だが、藁にもすがるような思いで戸塚のところに来る親と子供にとって、一つの有力な解決法であることは言える。
彼は言う、「自分で勝たなくてはならない、その力を自分で身につけるのだ。
いじめは成長の糧、いじめられ、惨めに思うから打ち勝とうとし進歩、努力する」

だが、日本の今の教育が、彼が言うようにいじめ、体罰、教師への尊敬等をなくした駄目に、荒廃したとは思わない。
今日の日本の教育の問題は、一種の贅沢病であり、子供が、将来どうなったところで、食うには困らない豊かな社会になったことによるものである。
私は、小さいとき、よく母親に言われて脅かされたものだ。
「そんなに勉強が嫌いなら、それでも良いが、お前は将来職工にしかなれないぞ」と。
職工と言うのは、差別用語だが、ともかくきちんと勉強し、まともな教育を見に付けないと、どこであれ就職はできず、食うに困ることになるという無言の脅しは存在していて、それが勉強や我慢の元だった。
現在、そんなことがあるだろうか。
高校中退だろうが、引きこもりだろうが、それなりの所得のある親は、子供を養ってくれるし、その上多少でもフリーターとして働けば、それなりの所得を得ることができる。
だから、日本の教育が根本的に解決され、ニートから引きこもり、不登校がなくすためには、日本の経済水準をかつてのレベルまで落せば良いということになるのだろうか。

最後、スクールに新しい生徒が入って来る。
なんと40歳の引きこもりだと。
驚くしかない。
黄金町シネマ・ベティ

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コメント

  1. なご壱 より:

    Unknown
    戸塚を主人公にした西河克己監督の「スパルタの海」を以前、シネマヴェーラ渋谷で観たことがあります。引きこもりの子供を強引にスクールに連れて行くシーンなど生々しかったことを覚えています。戸塚役の伊東四朗が大熱演で、戸塚の真摯な取り組みに妙に感心させられたものです。

  2. uhgoand より:

    『飽食暖衣 逸居而無教 則近禽獣』
    戸塚ヨットスクールについては 故山本七平氏がその著書「人間集団における 人望の研究 戸塚ヨットスクール誕生の背景」〈人望の研究 昭和58年9月〉でその本質を的確に述べている
    長くなるが以下転記する――
    ≪「教育問題」は いま盛んに論じられているが これを裏返しにして まず「無教育問題」を考えれば 問題の焦点が明らかになるであろう
    ある会が終わつて外へ出た途端 ぐるりと人に取りまかれ いきなりマイクをつきつけられ 「戸塚ヨットスクールをどう思いますか」という質問が間髪を入れず飛んできた 新聞か放送か週刊誌かわからぬが 何やら「記者」らしい こういうのは まことに困る そのときまで私は別のことを考えつづけていたので 不意にその思考が中断され さらにまつたく予期していない質問に反射的に答えろと言つても これは無理である― 略 ―
    だが こういう経験を四 五回積むと こちらも少々ずるくなる 反射的に浮かんだ古典の言句を そのまま言えばよい― 略 ―
    「あ 戸塚ヨットスクール! ショーガクにあるでしよ ホーショクダンイ イッキョシテキョウナケレバ スナワチキンジュウニチカシとね その結果 生み出されたもんでしようね」 相手が何やら理解しかねて戸惑つている間に 私は去つた
    前記の言葉は『小学』にある孟子の言葉で『飽食暖衣 逸居して教なければすなわち禽獣に近し』である あるいは― 略 ― 「食べたいだけ食べ 着たいだけ着て ぷらぶら暮らし ただそれだけで教育かないとなれば その人間は禽獣に等しいものである」
    確かに現代は「飽食暖衣」の時代てあり 昔なら一家を支えるか自活している年ごろの青年が「ぶらぶら暮らし」ていても 多くの家庭は経済的には困らない状態である
    戸塚ヨットスクールに子どもを入れた家庭はみな裕福な家庭だが それもそのはず 五十万円の入学金 一日一万円の月謝では 貧しい家庭には入学自体が不可能である
    では 『飽食暖衣」で 時間かあり余つているのがいけないのであろうか けつしてそうではない≫