蕎麦はいつから

少し用があったので、早目に家に戻りテレビを点けると、『水戸黄門』をやっていて、蕎麦を食べているシーンがあった。

だが、黄門様が活躍された江戸初期には、まだ蕎麦はなかったのである。
蕎麦は、ご存知のように小麦粉を混ぜて打って伸ばすわけだが、こうした技術はかなり時代がたってからだそうで、元禄時代には現在のような麺の蕎麦はなく、「そばがき」で食べたのだそうだ。

だから、忠臣蔵で赤穂浪士が蕎麦屋の二階に集合し、吉良邸に討ち入りに行ったというのも、勿論ウソなのである。
第一、江戸時代の初期に47人も入れるような大建築物があるはずもないのである。

時代劇の江戸は、ほとんどが幕末の風俗と思えば良い。
歌舞伎の大狂言作者、河竹黙阿弥の狂言の大半は、なんと明治時代になったから書かれたものなのである。

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