「横浜市は女子職員をルックスで採用しているんですか」

1988年の秋、横浜市のみなとみらいで、パシフィコ横浜の起工式が行われた。正確には、まだパシフィコ横浜という名はなく(その後、私が担当してパシフィコ横浜の名を作ったのだが)、(株)横浜国際平和会議場が作るコンベンションセンターの起工式だった。

当時、社には固有職員はほとんどいなくて、私のような横浜市からの出向者、さらに民間企業からの出向者で、言ってみればオジサンばかりだった。

そこで、式の受付には、都市計画局からO嬢、H女史などの「キレイどころ」の女性を出してもらってやっていた。

式が終わった午後、当時は会社があった関内のビルに戻って来たとき、JTBから来ていた課長の高橋利男さんから聞かれた、

「横浜市は女子職員はルックスで採用子しているんですか」

高橋さんの頭には、今回横浜市副市長になった荒木田百合もあったに違いないと思う。

「そんなことできるはずがありませんよ」と私は答えたが、人事委員会がどのような基準で採用していたのか私は知らない。

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