目の前の日枝小学校では、運動会が行われていて、入ると昔ながらの徒競走だった。
運動会と言えば、なんといっても稲垣浩監督、阪東妻三郎主演の名作『無法松の一生』である。
映画の終わりの方で、阪妻の松五郎は、小学校の運動会の徒競走に出て、優勝する。その際の、吉岡大尉の息子長門裕之(沢村ユキオ)が、歓声をあげるアップのカットは感動的で、いつ見ても涙が出る。
だが、よく考えると、松五郎は人力車夫なので、徒競走に出る資格はないのだ。
昔のアマチュアリズムでは、走る事を職業としていた者は資格がなかった。
だから、信じられないことだが、マラソン等の正式競技では、車夫、郵便配達夫等は出場できなかった。
戦前のオリンピックのマラソン選手というと、一高生と言うような学生ばかりだったのは、そのためである。
これは、近代スポーツが、西欧社会の貴族や上流階層のサロンから発展したことによるためで、肉体労働を生業とする労働者階級を差別、排除する目的があったのである。
明治時代の小倉という九州の田舎のことだから問題にはならないが、本当は阪妻が優勝するのは、おかしいのだ。
勿論、『無法松の一生』が、名作であることに変わりはないが。