昔の映画労組の力

参議院の神奈川選挙区の補欠選挙で、民主党の金子洋一が勝った。
当然の結果だが、注目されるのは、彼の父親が、松竹大船労組の委員長で、かつて民社党から出て、神奈川県議会議員だったという経歴である。大船は、ほとんど鎌倉市なので、横浜市からではなく、鎌倉市の選挙区からだろうが、映画会社労組から議員が出ていたなど、初めて知った。

敗戦直後、京都で大映の永田雅一社長が衆議員議員選挙に出て、落ちたと言うのがある。片岡千恵蔵の『多羅尾伴内・七つの顔の男』を見たら、冒頭に「民主日本を作りましょう」のスローガンが出てきて、「これは永田の選挙運動なのでは」と思ったことがある。
東京の世田谷区で、山本嘉次郎監督の奥さんが、社会党から区議会議員に出ていたと言うのがある。
これは山本の戦時中の『ハワイ・マレー沖海戦』等の戦意高揚映画への「贖罪」だろう。

いずれにしても、当時松竹大船撮影所には、1,000くらいの職員がいたので、家族、関係企業等を考えれば、確かに当選するだけの力があったわけだ。
今は、全くありえないが。

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