北島三郎特別公演

北島三郎の公演を見に、五反田のゆうぽうとホールに行く。
ここに来たのは、まだ簡保ホールと言っていた時代、1990年にパキスタンのカワーリーのグループ、ヌスラット・アリ・ハーンが初めて来たとき以来だ。
このときは、当時パシフィコ横浜の社長だった高木文雄さんを案内してのものだったが、高木さんも、ヌスラットもとっくに死んでしまった。

北島三郎は、今まで新宿のコマ劇場でやっていたが、コマが閉鎖になったので、移動してきたもの。ゆうぽとが、1ヶ月の公演をするのも初めてだそうで、舞台を30センチ上げて周り舞台も仮設したとのこと。

中身は、歌手芝居の常道で、1部は芝居で、2部が歌謡ショー。
芝居は『幡随院長兵衛』だが、相当にいい加減な脚本。
北島の他、星由里子、目黒祐樹、今井健二、船戸順、沢竜二、白木万理、あるいは白木みのる、人見明等も出るが、各自がワン・シーンくらいにしか出ず、およそドラマがない。
唯一の劇は、北島・星夫妻の娘水町レイコ(北島の実娘)が、実は沢竜二の娘で、沢が返してくれと言いにくるところと、水野の部下の武闘派の今井らが目黒に反旗を翻すところだが、どちらも伏線がないので、ただ唐突なだけに終わる。
完璧に、その場しのぎの「団子の串刺し」脚本なのだ。

大体、幡随院長兵衛の話は、男伊達の彼に対して、つっころばしの優さ男白井権八とのホモ的とも言える関係に、旗本の悪役水野十郎佐衛門が絡んでくるもので、白井権八がいないので、幡随院と水野の対立だけで劇に少しも膨らみが出てこない。
ここは、是非氷川きよしでも迎えて、やってほしいところだ。

こう考えると、この劇は、この30年間くらいの、日本の大衆芸能の衰退を象徴しているように思う。
私は、美空ひばりも三波春夫の公演も見てきたが、ひばりには、マキノ雅弘や沢島忠がいたし、三波には浪曲や大衆劇の蓄積があった。
北島三郎には、彼を支える作・演出家がいないのだろう。今の大衆に芸能を提供しているのは、愚劣なテレビの笑いだけだから、どうにもならない。
よく、新劇の世界で、「作家がいない」と言われるが、むしろ大衆劇の方に「作家、演出家が不足している」ように思える。

第2部のオンステージはさすがだった。
まず『風雪流れ旅』は、感動的だった。
特に終盤、ステージに置おかれた独航船「北島丸」を左右に振って動かし、背景に映像を投影し、あたかも海の中を航海しているように見せた『北の漁場』は、大いに盛り上がった。
そして、最後の御陣状太鼓のような太鼓グループから、高い虎のネブタの背中に乗って出てくる『まつり』

ここでの男女の踊り手の大群舞は、黒澤明の凡作『夢』で唯一見られた死者の葬列のバカ踊りを思わせた。
だが、黒澤のそれは、かつて彼が戦前に左翼青年だったとき、出会えなかった民衆との、死に際しての夢という不幸であるのに対して、北島では完全に健康な「まつり」という現実になっていた。
この辺が、北島三郎が日本中の高齢者に根強く支持される由縁だろう。
来年3月は、日生劇場公演だそうだが、その際は是非脚本をきちんとしてほしいものだ。

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