マキノ雅弘の名作として、その後も彼がリメイクした映画で有名だが、ラピュタの「徳川夢声特集」で初めて見ることができた。
ともかく面白い。
長谷川一夫、山田五十鈴、高峰秀子らの役者がのりに乗って、映画作りを本当に楽しんでいることがよく分かる。
マキノの本によれば、東宝に来たマキノに小国英雄のシナリオ『家光と彦佐』が与えられ、傑作なのでマキノも意気込んでいた。
だが、大久保彦佐衛門役の古川ロッパが急病で撮影不能となり、代わりに同じスタッフ・キャストで急遽9日間で撮った作品。
マキノには、作り話も多いので、「本当だろうか」と『古川ロッパ日記・戦前編』を読んでみると本当だった。
このとき、マキノは時間節約のため、「中抜き撮影」を多用した。
それを知らなかった高峰や徳川らの東宝の役者、プロデューサーの滝村和男らは驚いたが、出来上がった作品にはさらに驚いたそうだ。
今見ても大変面白いのだから、当時では大変なものだったと思う。
昭和16年の正月に公開された作品で、映画評論家の飯島正も「今までの日本映画にないタイプの作品であり、大変面白い」と褒めている。
話は、江戸の町の長屋で起きる殺人事件で、因業な大家が殺され、長屋の住民全員が絡んでいる。
言うまでもなく、アガサ・クリスティーの小説を元に、英語に堪能な小国英雄が時代劇に翻案したもの。
長谷川一夫と山田五十鈴の共演が眼目だが、二人ともリラックスした演技を見せていて大変楽しい。
「長谷川ってこんなに軽い、面白い役者だったのか」と驚く。
高峰は貧乏侍の徳川夢声の娘で、これまた適役。
その他、渡辺篤史とサトウ・ロクロウの古川ロッパ劇団の二人が駕籠掻きで息のあった会話を見せる。
物語は、遠山金四郎と大塩平八郎の乱の残党が絡むというもので、「時代的に合っているのかな」と思うが、そんなことはどうでも良いほど作品に力がある。
音楽は鈴木静一で、これがマキノとは初めてだったそうだが、とても上手く行き、その後ずっと戦後の東映、東宝でもマキノの音楽を担当することになる。
主要スタッフ・キャストで、今もご健在なのは、昨年末に高峰秀子が亡くなられたので、山田五十鈴だけだろう。
山田五十鈴も、最後の恋人榎本慈民氏が事故死した後、一切公的な場に出てこられないが、お元気なのだろうか。
黒澤明の言葉に、「映画を作っている者が面白くなければ、見ている者は絶対に面白くない」と言うのがあったが、これは作るものが乗って面白いので、見るものも面白いという大変稀な例である。
こういう映画を見たときの幸福感は何ものにも変えがたい。
阿佐ヶ谷ラピュタ
コメント
Unknown
指田さん、いつも楽しく拝見しております。
私もこの映画は、数年前にシネマヴェーラ渋谷で観ましたが、本当に面白く楽しい映画であったことを記憶しております。
長谷川・山田のコンビは絶妙で、「鶴八鶴次郎」の時とは、また違う雰囲気を醸し出していました。今は亡き高峰秀子も可愛かったです。同時期に作られた「昨日帰った男」「続清水港」「阿波の踊り子」などとともにマキノ正博の傑作だと思います。