『焼肉ドラゴン』

勿論、新国立劇場での作品のすべてを見ているわけではないが、とかく批判の多い新国立劇場でも最もすぐれたものの一つで、新国立らしい意義のある芝居と言えるだろう。
初演の2008年のときは、在日の一家の話と聞き、民青的な偽善があるのでは、と敬遠して見なかった。
だが、ここには山田洋次作品にもしばしばある共産党的偽善などまったく存在しなかった。

話は、大阪伊丹空港に隣接した国有地に不法占拠していた在日韓国朝鮮人の一家、焼肉屋ドラゴンをやっている。
戦後、済州島から来た父親金竜吉と母高英順は、高の連れ子の長女静花と次女梨花、金の連れ子の三女美花がいて再婚し、二人の間に長男国生が生まれた6人家族である。
ここですごいのは、3人の娘たちがすべて性的に不道徳であることである。
次女と一度結婚した、李哲夫は、本当は長女の静花が好きで、次女が韓国から来た若い男と出来たのを機に、次女と別れて長女と一緒になってしまう。
歌手に憧れている三女は、クラブで知り合ったマネージャーには妻がいて騙されていたことに気づき涙に暮れるが、最後は結局そのいいかげん男と結婚出来る。
その他、出てくる男女が皆いいかげんで、自分勝手で、不道徳で、品がなく、男は仕事もせずに昼間から酒を飲み、女は共同水道で無駄なおしゃべりに時間を過ごすと言う生活を送っている。男の仕事は、すべて肉体労働、女はヘップ・サンダル工場で、すべてその日暮らしの毎日。
楽しみは、ドラゴンに来て、肉を焼き、酒を飲み、歌を歌うことくらい。全体は、吉本新喜劇的なギャグの連続で展開される。

劇が始まってすぐに母親役の高秀喜が、その巨体で舞台に出てきたときから、私たちは既成の道徳や秩序とは正反対の世界に無理やり引きずり込まれてしまう。
それは、この劇のナレーターで、1幕の最後で自殺してしまう長男で、エリート私立高校に行っている国生に言わせれば「僕は大嫌いな町でした」となる。

戦時中の飛行場整備工事、さらに戦後の米軍の拡張工事で、周辺に集まった韓国朝鮮人は、その国有地を不法占拠し自由な暮らしをしていた。
だが、時代は1960年代の末、大阪万博の狂騒が進行し、時代は管理社会となり、ついには国有財産管理を代行する市役所によって撤去させられることになる。
主人金竜吉がこの土地は「佐藤さんから金を出して買った」と言っても通るはずもない。

一家は皆ばらばらに別れて行き、長女は哲夫の言うままに、哲夫自身も半信半疑だが、「地上の楽園」と宣伝している北朝鮮に渡航事業で行くことになる。
娘たちがいなくなり、残された金夫婦だけになったとき、死んだ長男国生が、トタン屋根の上に姿を現し、
幕開きの台詞を繰り返す
「僕はこの町が大嫌いでした、大嫌いでした・・・・でも、本当は好きでした」

滂沱と涙が流れた。
金竜吉役の申哲振、妻の高秀喜ら韓国の俳優が素晴らしい。
日本人の役者も本当に役になりきっていた。ここには、宮本亜門の愚劇『金閣寺』には存在しなかった、役者の役作りがあった。
こういう芝居を見ることは幸福である。
新国立劇場

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