今回の女優特集で見たかった1本の一つ。
1962年にマリリン・モンローが死に、大変な話題となり、舟橋聖一の小説を映画化したもの。
「松竹が大々的に主演女優を募集し、当選した真理明美が主演した」となっているが真っ赤な嘘で、その前に彼女は黒木和雄のドキュメンタりーの傑作『わが愛 北海道』に本名の及川久美子として主演している。
そこでは、冒頭に全裸で小樽のニシン御殿でのヌード・シーンを披露していたのだそうだ。
だが、試写を見たスポンサーの北海道電力の重役が激怒し、全部カットされたので、今のフィルムでは真理明美の全裸シーンは見られない。
北電重役の馬鹿野郎!
松竹の主演女優の予備審査のとき、彼女は「アントニオーニはもう喜劇を撮るしかないと思います」と言い、監督渋谷実の気に入られたのだそうだ。
脚本の白坂依志夫は、「そんなことを若い娘が言うわけはない、絶対に男がいる」と思ったそうだが、確かに彼女は黒木和雄や東宝の助監督だった松江陽一と関係があった。
シナリオは大変難航した。
もともと、作者の舟橋がどう書いて良いか分からず、渋谷や白坂を食事に連れ出して意見を聞いている始末で、しかも渋谷は胃の手術の直後でねばりがまったくなくなっていたとのこと。
「意地悪爺さん」ではなく、笠智衆がよく演じた好々爺に変身していたそうだ。
話は、京浜工業地帯で、父の笠智衆が飲んだくれの踏み切り番の娘の真理明美が、生来の美貌とスタイルからモンローのようにモデルとしてスターになるか、というもの。
ただ、本来花柳映画の渋谷実なので、笠の妹でいかがわしい小料理屋をやっている森光子をめぐる人間模様の方が渋谷実らしく力が入っていて、ひどくバランスの欠けた作品となっている。
森光子は、不動産屋加藤武の愛人で、居酒屋に風呂を付け、アベックに貸して儲けている。
奇妙な蓄財法だが、ビリー・ワイルダーの『アパートの鍵貸します』の頂きに違いない。
真理明美は、当初は嫌がっているが、経済的事情から、有名写真家佐田啓二のスタジオに行き、水着写真を撮る。
そこの水着女優には、千之赫子、宝みつ子らがいるが、タイトルだと春川ますみもいたらしいが、分からず。
真理の水着写真は、それなりの評判になるが、ここからは果たしてヌードまで行くか、否かがテーマになる。
今ではどうでも良いことだが、当時は大問題だった。
この映画の裏には、当時のピンク映画の大興隆があり、これはモンローに似せ、映画女優がピンク映画に行って裸になるか、と言う課題もあったことを想起させる。
勿論、最後に真理明美はヌードを決意し、佐田のカメラの前に立ったところで終わる。
そこまでが、とても煩瑣で、二日酔いで笠が踏み切り事故を起こしたり、精神病の母親の賀原夏子が病院から出てきて、加藤武を刺したりなど、どうでもいい脇筋がある。
最後、なんと「第一部終り」と出る。
本当は、篠田正浩監督で、第二部を作る予定だったらしいが、大不入りでなくなった。篠田は渋谷の助監督をやったこともあるのだ。
私の贔屓の監督谷実では、一番つまらない作品だった。渋谷実は、『もず』あたりで終わりだったのだろう。
笠智衆が踏み切り番をやっているのは、横浜市鶴見区の国鉄鶴見線の単線区間の武蔵白石・大川間のようだ。
だが、ラストの事故では複線になっている。
別の場所で撮影したのだろうが、鶴見線の昔の映像が見られるのは貴重である。
さて、真理明美だが、ルックス、スタイルは良いが、声がひどく、台詞がど下手。
松竹大船作品で少し出たが、中では加藤泰監督、安藤昇主演の『男の顔は履歴書』の朝鮮人娼婦で、伊丹十三とロミオとジュリエットのような恋仲になり、殺されてしまうのが良かったくらいだと思う。ともかく台詞がひどい。
彼女は、後に須川栄三と結婚して、彼の映画製作を助けることになる。
「アントニオーニ云々 」は、黒木らの入れ知恵ではなく、彼女の本当の感想だったようで、なかなか頭の良かった女性らしい。
女優ではなく、映画評論家になったなら成功したのかもしれない。
神保町シアター