『母情』

衛星劇場の「陽の当らない映画特集」、昭和25年の新東宝の清水宏監督作品。
主演は、清川虹子で、父親の違う3人の子どもを引き取ってもらうため、兄の古川ロッパ、叔父の徳川夢声、さらに昔家にいた婆やの浦辺粂子へと、子供を連れて歩くロード・ムービーである。
清水宏作品の常で、大きなドラマや激情的な演技はなく、スケッチ風の短い劇がつながれて行く。

中では、ろくに働いていないように見えるロッパのみかん作り農家の親父、清川のことなど頭になく将棋を同僚と続ける徳川夢声、旅芸人一座で孫を背負って歩く飯田蝶子らがさすがに上手い。
最後、浦辺粂子の峠の茶店で、清川虹子は、一人だけ「売れ残った」長男を一緒に連れて生きていくことを決心する。
まあ、涙なくしては見られない映画である。
1970年代のアメリカ映画でも、エレンバースティンが子供を連れて放浪する『アリスの恋』があったが、その先駆である。

古川ロッパの『昭和日記』に、この『母情』の撮影のことが書かれている。
それによれば、清水宏は、監督なのに一切指示はせず、すべて助監督(チーフは石井輝男だ)がやっているとのこと。
そして、清水からロッパは「君は監督をやるべきだ」と言われたと嬉しそうに書いている。
清水は、ロッパの演技を見て「監督的なものを感じた、シナリオなんかつまらない、自分の思うとおりになるのは監督ばかりだよ」と言われたとのこと。
清水宏は、非常にわがままな男で、古川ロッパも「殿様役者」で傲慢の極みだったので、合い通じるものを感じたのだろうか。
これには、その他山田五十鈴、黒川弥太郎も出ているので、東宝ストのときの「十人の旗の会」、そして新東宝の中心的スターの出た映画だった。

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