『新・雪国』

すごい映画である。奥田英二のマネージャーは「世にも恐ろしいものができてしまった」と言ったそうだが、至言である。原作・脚本笹倉明、監督後藤幸一。主演奥田英二、笛木夕子。

この映画を見ようと思ったのは、笹倉の『映画「新・雪国」始末記』(論創社)を読んだからだ。
ちょっとした行き違いとすけべ根性から、笹倉が自作小説の映画化に参画というより、自らが中心として制作することになる。様々な不手際に巻き込まれ、金を蕩尽して映画は全くヒットせず密やかに公開されて、彼は自己破産寸前にまで行く。
笹倉が女性スタッフからストーカーと名指しされたり、監督がチーフ助監督、制作担当とケンカして担当が首になったとき、「この映画には全く金がない」と公言したことからスタッフのストになるなど、まさに日々地獄のような制作状態に陥る。
できても上映館はなく、大阪では、1日3人という日もあったそうだ。誰も見ていない上映もあったわけだ。東京では銀座シネパトスでやっていた。本を読んでからは、見ておけばよかったと後悔したが、ビデオになった。

なにしろ笛木がど下手。演劇でひどいのは数多くあるが、映画はいくらでも撮り直しが出来る。完成形であれだとすれば、笛木ほど下手な役者もまず珍しい。撮影に入る前に、奥田は「笛木と二人で篭って演技指導したい」と言い、監督、プロデユーサー、所属事務所が「ボロボロにされる」と皆反対し、それは出来なかったそうだが、これならボロボロにされた方がよかっただろう。

しかし、出来た映画から推測して、この芸者役はとても難しい。暗い過去がありながら、全くうぶに見え、気性は一本気な芸者だそうである。こんな役を新人にやらせる方がどうかしている。言って見れば溝口健二の『祇園囃子』の若尾文子みたいな役だ。最初にコンタクトしたのは松島菜々子だそうだが、本当に分かっていないね。勿論、即座に断られたそうだが。
しかも、後藤幸一は『正午なり』や『不良少年』でも。映像派的な画面は作っていたが、テンポのない演出だった。田舎芸者(新潟県月岡温泉)を主人公にした娯楽映画など、到底無理なのである。笠原良三脚本、マキノ雅弘監督くらいでないと成立しない映画だろう。
共に娯楽映画には素人の、脚本笹倉、監督後藤の時点で失敗は決定されていたのだ。
しかし、一度は見ておくべき大変興味深い作品である。大きなビデオ屋にはある。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする