『わが恋は終りぬ』

作曲家、ピアニストのフランツ・リストのハリウッド製の音楽家伝記映画。
リスト役はイギリスの名優ダーク・ボガートで、ロシア貴族の夫人で、不倫の末にリストと結ばれる美人が、キャプシーヌで、まさに美男美女の映画である。

筋書きは、かなり史実に実なものらしく、またボガートは、大変に練習したのだろう、聞いている女性が失神したという大ピアニスト・リストの超絶技巧のピアノ演奏を披露する。
ボガートと言えば、ナチスの元親衛隊長のボガートと、元少女のリリアーナ・カバーニのサド・マゾ劇『愛の嵐』や、ビスコンティーの映画『ベニスに死す』での、美少年を求めるグスタフ・マーラー役など、かなり異常な役柄が多いが、ここではキザなほどの大ピアニストを的確に演じている。

驚いたのは、リストがロマン派音楽の中で、ワグナーなどの次の世代の音楽へと橋渡ししたことをきちんと描いていることで、大ピアニストとしてしか知らなかったのは、私も無知だった。
ワイマールの管弦楽団を指揮して、ワグナーの音の響きを女性の快楽に喩えているのがすごい。
確かに音楽の響きには、性的な快感に通じるものがある。
それをリストは良く分かっていたのだろう、だから演奏会で聞いていた女性が、しばしば興奮して失神したのである。
今時、ワグナーを聞いても失神する女性は、日本にはいないだろうが、性的抑圧が極めて強かった19世紀の西欧社会では、扇情的な音楽は女性の性的興奮を招いたに違いない。
リストは、西欧社会で必ずしも評判が良くなかったと言われているが、それはキャプシーヌとの不倫関係もさることながら、こうした扇情性を持った彼の音楽によるものもあるのだと思う。

最後、リストは、彼女とも分かれ、修道院に入り、作曲生活を送る。
これも実話のようだ。
ダーク・ボガートの映画で一番好きだったのは、ジョセフ・ロージーが監督したおふざけアクション映画『唇からナイフ』だったが、これもかなり気に入った。
衛星劇場

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コメント

  1. umigame より:

    『わが恋は終りぬ』
    この映画は、私が仕事で接したアメリカのピアニスト二人が二人とも良い印象を持っていなかったようで、そのうちの一人はばかばかしい映画と言っていました。私は高校生のころに観ましたが、私としては好きな映画です。ソ連映画「チャイコフスキー」のような「伝記映画」と違って、この種の題材ながら娯楽性をしっかりとふまえたエンタテイメントにしていてるところはさすがだと思います。監督は途中までチャールズ・ヴィダーで、この人の急死後ジョージ・キューカーが引き継いで完成させていますが、やはりヴィダーの作品と言ってよいと思います。戦後ロック・ハドソン、ジェニファー・ジョーンズの「武器よさらば」をセルズニックの製作で監督したことでも実力はうかがえますが日本での認識度は不当ですね。他に戦争中にコーネル・ワイルド主演の「楽聖ショパン」がありますが、このキャスティングなど日本人のショパンのイメージとかけ離れたもので、しかし考慮に値するものだとも思います。
    「わが恋は終わりぬ」では、ピアノの吹き替えはリストの孫弟子にあたる往年の巨匠ホルへ・ボレットがやっていて、ボガートは特訓の上でボレットの録音にあわせて演奏シーンを演じています。こういう方法は私も仕事で立ち会ったことがあり、楽しい思い出です。この映画では特にハンガリー狂詩曲第二番のラッサンからフリスカに移っていくところを、ボガーとの右後ろに据えたカメラがワンショットの長まわしでとらえているところなど見事な成功ぶりを見せていると思います。
    なおリストは作曲家としては西洋の近代音楽そのものが、彼の切り開いた世界と言っても言いすぎではないほどの偉大な人物です。ワーグナーは彼の音楽を貪婪に吸収しており、リストがいなければワーグナーはありえなかったとさえ断言できると思います。その影響は、後の近代フランス音楽をはじめとするクラッシのみならず、ポピュラーやイージーリスニングにまで認めることができます。