富士山の麓、富士宮市の上井出に、財団法人国際貿易研修センターという通産省の外郭団体があり、そこは石油や鉱物資源探査等を行う民間企業の職員を受け入れて、英語の研修をさせる施設だった。
それを作ったのは、通産省の幹部で、イランの石油施設建設に関わり、パーレビー王朝の転覆で全てがおジャンニなり、その責任を取らされクビになった山下さんという方が設立した施設だった。
そこに1991年の1月から3月まで、横浜市から語学研修に行かされた。
私が受けたのは3ヶ月の短期コースだったが、半年や1年の長期コースもあり、それには海外の大使館等に派遣される国の役人が来ていて、語学研修をしていた。
教員は、すべてアメリカ、カナダ人だったが、正規の教員の他、助手を多数使っていた。
大体が20代の若者で、陽気で面白い奴が多かった。
ある日、彼らが「オリンピックを日曜日にやる」と言い出した。
なんだと思うと、オリンピックというのは彼らのユーモアで、要は運動会なのである。
数日前から準備し、用意して、我々日本人研修生にも参加が呼びかけられた。
そして、3月の末の日曜日に、無事彼らが言う「カミイデ・オリンピック」は開催された。
だが、私は週末は横浜の家族のところに帰ることにしていたので、残念ながら彼らとのオリンピックには参加していない。
今、考えれば外国人と運動会をするなど、一生のうちにそうないことなので、参加しとけば良かったと思っている。