「勝ち組」「負け組」の表現について

数年前から、この「勝ち組」、「負け組」と言う表現をよく見る。現在では、実際に負けた者、勝った者を指すようである。しかし、この表現の最初の意味は全く違うのである。
この勝ち組、負け組の表現が生まれたのは、第二次世界大戦終結直後のブラジルの日系人社会の中であった。
そこでは、第二次大戦で日本はアメリカに負けたのか、勝ったのか、これが大論争になった。今考えれば馬鹿らしいが、情報の乏しい当時の日系人社会では、日本が勝ったと信じた人も多数いたのである。
そうしたあくまで日本の勝ちを信じる人を「勝ち組」、いや日本はアメリカに負けたのだと冷静に認めた人たちを「負け組」と呼び、互いに自称したのである。
そこでは、流血の抗争もあったと言うのだから、人がものを信じるということは本当に恐ろしい。結果はどうなったか。勿論、次第に皆日本の敗戦を認めるようになった。
これにはさらに後日談があり、昭和35年頃、そうした勝ち組の人が日本に来た。そして、当時の高度成長時代の繁栄する東京を見て「やっぱり日本は勝ったのじゃないか」と言ったそうである。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

コメント

  1. Sao Paulo より:

    Unknown

    このことは、結構ブラジルでは
    タブーのようなんです。
    当事者がまだ存命だからかな。
    2世3世に語り継いでは、いないようなんです。

  2. tnu より:

    Unknown

    私は、勝ち組・負け組みをNHKのドキュメンタリー番組で見た記憶があります。
    いつの放送だかは忘れたけど、東京オリンピック後・大阪万博前だった。
    今じゃ、そんな番組作れないのかも。

  3. 番組について
    高木俊朗の本『狂信』によれば、昭和48年に勝組のある家族が日本に帰国したそうなので、多分それに関連した番組だったと思います。