大映が、映画の大型化に際し、ビスタビジョン方式を採用して最初に作った作品。
ビスタビジョンとは、20世紀フォックスのシネマスコープに対してパラマウントが開発した方式だった。
35ミリフィルムを特殊カメラで横に駆動させて撮影し、従来のフィルムに対して約2倍の面積を持たせ、それを通常のフィルムにプリントして上映する方式で、シネマスコープのアナモフィツク・レンズがいらず、画面の解像度も良いので、普及しやすいと考えられたが、実際はシネマスコープに駆逐されてしまったもの。
新しもの好きの大映の永田雅一は、このビスタビジョン方式を採用し、約10本作ったが、大映もすぐにシネマスコープに転換してしまう。
ただ、この時輸入したビスタビジョン・カメラは、レンズの前にアナモフィツク・レンズを着けると70ミリになるので、後に映画『釈迦』や『秦始皇帝』の時に再利用されることになる。転んでもただでは起きないのが、永田ラッパである。
さて、この『地獄花』は、実は30年くらい前に横浜のシネマ・ジャックの前身である横浜大勝館で見たことがあるが、その時はカラーが完全に退色し、ほとんど赤色だったので、今回再度見直したいと、有楽町に行く。
ビックカメラの8階の角川シネマ有楽町である。
原作は、室生犀星の小説『舌を噛み切った女』で、伊藤大輔の脚本・監督、主演は京マチ子と鶴田浩二。
戦国時代、都の近くの山の中に野盗の群れがいて、首領は香川良介で、捨て子だったのを拾い育て、妻にしている野性的な女が京マチ子、鶴田浩二は野盗の中にいて、やや外様で変にヒューマニストな男。
他の野盗の群れとの争いや、京マチ子を襲う別の野盗群れの男山村聰との扇情的シーンなどもあり、これは明らかに黒澤明の『羅生門』や『七人の侍』をヒントにしていることがわかる。
言わば、柳の下のドジョウ映画であるが、時代劇の大ベテランの伊藤大輔でさえ、黒澤作品を模倣する状況に陥ったほど、黒澤の『羅生門』や『七人の侍』の衝撃が大きかったことがよくわかる。
さすがに画面のスケールは壮大で、美術もすごく、役者もお姫様の市川和子の他、祈祷師で三好栄子、野盗の男たちで小堀明男、石黒達也、佐々木孝丸などの豪華キャストだが、お話は大したことはない。
山村聡に襲われたとき、京マチ子は山村の舌を噛み切って殺し、初めは香川も、京が操を守ったとして喜ぶ。
だが、山村聰の子を妊娠していたことがわかると激怒して、京マチ子を砦から叩き出す。
するとヒューマニストの鶴田が救ってくれて、京は無事男の子を産み、鶴田との平和な生活を過ごす。
だが、香川と手下が襲来してきて、二人は琵琶湖に逃げる。
すると香川は、琵琶湖の海賊を動員して二人を包囲する。
これまでと諦めた鶴田、そして京は水に飛び込む。
その後、香川が何かを叫ぶと、野盗や海賊連中も次々と水に飛び込む。
そして、次のシーンは、湖畔を歩く鶴田と京の二人の姿になる。
「あれ、二人は死んだんじゃないの」と思っていたら、香川はあのとき、救えと叫んで水中から二人を助け出したのであり、改心していたのである。
最後は、都を目指し、赤ん坊を抱いて歩いていく鶴田と京、それを見送る香川らで終わる。
まさに、『羅生門』の最後で、志村喬が、捨て子の赤ん坊を拾って育てていくのと同じだった。
音楽は伊福部昭で、いつもの壮大で荘重な低音の打楽器の響き。
角川シネマ有楽町