『音声資料紹介3 大蔵貢の義太夫出語りを聴く』

フィルムセンターで大変珍しい事業が行われた。

1908年に浅草大勝館で行われた中村歌扇の「娘美団」(むすめびだん)公演を撮影したフィルムと、元弁士の大蔵貢が語ったものの同時再生。

サイレントのフィルムとテープの音声を同期させるのは非常に大変だったと思うが、PC時代なので容易にできたことに違いない。

大蔵貢は、新東宝の社長となり、『明治天皇と日露大戦争』をヒットさせたことや「妾を女優にした」発言で有名だが、元は洋画系の大人気弁士だった。

彼は、徳川夢声などの弁士仲間で戦後、弁友会を作り、「映画の歴史を見る会」で1962年にヤマハホールで、娘美団のフィルムに合せ義太夫を語った。

演目は、『絵本太閤記』の十段目、俗に「太十」の「尼崎の場」である。

これは、要は信長を殺した明智光秀が、誤って実母を殺し、その死の際に光秀を諌める母の述回と光秀の心情の吐露である。

娘美団は、いわゆる女歌舞伎一座で、座員全員が女性だそうだが、実に上手く男役も演じているのには大変に驚く。

座長の中村歌扇は、光秀の妻・操を演じていて、彼女は当時非常に人気の会った女役者だったそうだ。

そして、もっと驚くのは大蔵の出語りで、本来洋画で、日本物は無縁だが、女義太夫の師匠竹本小土佐のところに2、3回通っただけで出来たという。

声と台詞廻しは、光秀は、先代の松本幸四郎(白鸚)を大変上手に真似ていて、聞くと彼は弁士時代は声色も使っていたそうなので、「さすが」と思う。

彼は、洋画、特にチャップリンを得意とし、ある作品では劇場に本物の犬を連れて出るなど、ケレンも上手かったようだ。

それは『明治天皇と日露大戦争』で、明治天皇を映画に出してみせるという、当時は誰も気がつかなかった破天荒な企画によく現れている。

大蔵貢と言うのは、映画史的にはマイナスのイメージしかないが、なかなか大した男だとあらためて見直した。

フィルムセンター

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コメント

  1. より:

    鴬と鸚は大違い
    ○先代の松本幸四郎(白鸚)
    ×先代の松本幸四郎(白鴬)

  2. さすらい日乗 より:

    ありがとう
    書いていて、どういう字かよくわからなくなり、適当に書いてしまいました。
    訂正します。