1966年、大映東京で作られた『陸軍中野学校シリーズの第1作、市川雷蔵ら予備士官学校生が集められて加東大介の草薙中佐の下、スパイとして養成されて「卒業」するまで。
家族とも別れ、名も変えて孤独で非常な業務につくスパイは、市川雷蔵にぴったりであり、世界のスパイ映画でもこれほどの適役もいないだろう。
三好次郎の雷蔵は、椎名次郎と名を変え、その他集められた18人と一緒にスパイ教育されるが、内容が面白い。
武器や銃器の使い方は勿論、金庫破りは刑務所に収容されている受刑者に講義させ、新派の女方には変装術を見せてもらう。
さらには、女体の性感帯の講義などもあり、実際に芸者を招いての実技もある。
最後に「卒業試験」として、英国の暗号書を盗み出す課題が与えられ、雷蔵が横浜の英国領事館の暗号係のE・H・エリックとポーカーをしている間に、金庫破りに金庫を開けさせて、コード・ブックを撮影してしまう。
だが、参謀本部の暗号対策中尉の待田京介が、タイピストの小川真由美に暗号書を入手したことをつい漏らしてしまったことから、暗号を変えられてしまう。
元は雷蔵の婚約者だった小川真由美は、英国商会の社長ピーター・ウィリアムスの手先となり、英国のスパイになって参謀本部に、姿を消した雷蔵を捜すためにタイピストとして勤務していた。
真相を知った雷蔵は、小川真由美に再会し、ホテルで自殺に見せかけて毒殺する。
この非情さが凄いが、感情をぐっと抑えた雷蔵の演技が素晴らしい。
そして、椎名次郎は、他の仲間と同様に、中国大陸に向かうのであった。
このシリーズが興味深いのは、昭和10年代の欧米化した日本の社会や風俗を描いていることだ。
ダンスホールやホテル、イギリス調の洋服屋、カナダ帰りのアメリカ共産党員原田に化けた雷蔵がエリックとするポーカーなど。
最近の歴史学で明らかになっているように、戦前の日本は、政治には天皇制の下の封建的な前近代的社会だったが、経済、風俗は完全に、近代的な資本主義的社会だった。
その意味では、少し難しくなるが、「日本資本主義論争」での講座派は間違いで、労農派の方が正しかったと言える。
このシリーズは、なぜかスタジオを大映東京から移されて、大映京都で作られることになる。
音楽も、これだけは山内正で、次からは重厚な池野成に変わる。
これが公開された時、非常に滑稽な論争が、東京の学生映画界であった。
大学生の映画研究会連盟と言うのがあり、都映連とか、全映連と言い、早稲田の映研がその中心だったが、この作品を都映連が推薦した。
それに対して、「広義で言えば戦争映画のこれを推薦するのは何事か、學校生が東大以下の東京六大学出身なので、推薦したのか」と疑問を出されてのだ。
実にばかばかしい理屈だが、良い映画なのだからいいじゃないかと私は思っていたのだが。