1981年に『アモーレの鐘』という愚作と一緒に見ていて以来だが、やはり市川崑監督なので、出来が違う。渡辺邦彦監督の『アモーレの鐘』は、主人公の「城戸真亜子は城戸パア子ではないか」と思うほどのつまらない映画で、父の監督渡辺邦男には顔向けできないレベルだった。
東京の下町城北署での水谷豊、永島敏行、谷啓らの刑事課刑事の姿を描く。
最初、大学生の中原理恵が公衆電話から、署内にいる婚約者永島に電話しているところから始まる。
古い本屋で射殺事件が起きたというので、刑事3人が店に入り、まず男2人の姿が見え、永島が奥に行くと、中原が死んでいる。この商店街は、新富町にあった古い商店のような気がするが。
二人の過去が簡潔に描かれ、捜査が進み、水谷には小学生の子供二人がいることも分かるが、妻は家を出ていて、『クレイマー・クレイマー』的なことを狙ったとのこと。
市川崑にしては珍しく、リアルな作り方で、下町の日暮里、根岸あたりをロケして撮影したようだ。
また、映画『おとうと』でも使った「銀流し」の手法で全体に淡いカラー作品になっている。
水谷や中原理恵が父浜村純と住んでいる家もみな木造で、今のマンションではないことが興味深い。
現在見てみると、その後のバブルでなくなった東京下町の情景がきわめて上手く捉えられていて貴重な映像である。
中原がアルバイトをしていた福祉施設の職員が小林昭二、最後に犯人が分かったときの捜査会議主催の課長が加藤武など、いつもの市川作品の常連も出てくる。
加藤は、『金田一耕助シリーズ』のように「あっ、分かった!」をやるが、ここでは当たっている。
三条美紀、草笛光子らも被害者等の関係者で出てくるが、珍しいのが市原悦子。
中原がアルバイトをしている福祉団体を通して援助している家族の寡婦で、生活保護の不正受給をしている。そのボロアパートが最高で、当時こんな建物があったのかと思う。
だが、普通生活保護のような業務は、行政職が担当するはずなので、中原が市原の家の問題に介入するのは少々おかしいのである。
戦後すぐは地域の民生委員が保護世帯を担当したこともあるようだが、横浜市では昔から行政職員が担当し、さらに1970年代からは専門職のケースワーカーが担当している。
このケースワーカーやソーシアルケースワーカー、図書館司書の専門採用は、関東エリアでは珍しいので、試験には多くの者が受験するものになっている。
その意味では、市原が怒って「あんたはなんで家の問題に口を出すの!」と言うのは正しいのである。
彼女は足が痛くて動けず、不就労で保護を受けていたこともあるが、谷啓、永島らの訪問調査で怒って最後、すっくと立ち上がってしまうのには笑える。
もちろん、最後犯人は意外な男だが、そこからの捜査は非常にスピーディーになされ、小型ジープで下町を走り回るところで、当時の下町の情景が出てくる。
市川崑は、もともとがアニメーターなので、画面作りに凝る癖があるが、ここでは意外にリアルに撮っていて成功している。
日本映画専門チャンネル
コメント
昭和56年だったでしょうか…。クラスメートが試写会の券を手に入れてくれ、ご相伴で見に行きました。丸井デパート主催だったですが、水谷豊さんが挨拶に来場してくださり、何か得した気分になったのを憶えています(ロケ中に、永島さんが難しい顔で「あのー、キンカン有りますか…。そのー、虫に刺されまして」と言ったのが可笑しかった…、というお話をされました)。前半の殺人現場の古本書店に皆が急行し、店の玄関戸を開いて入った際の描写は、血生臭さが見ている私達にも伝わって来たのが印象的でした。当時高校1年の私には、捜査にジープで移動する、上役の谷啓さんが何やらカッコ好く見えたものでした。あとラスト付近で犯人役の阿藤海さんが、永島さんにこれでもかと殴られるシーンがありましたが、「いくら何でもあそこまでやるのは…」と、ちょっと阿藤さんに同情的になったのも懐かしいです。私は警察官ではないのですが、長年警察関係の仕事をしているので、毎日彼らに会います。今の若い人たちは、通勤で着るスーツもスマートで、清潔なのはいいのですが、あの映画の水谷さん演じる刑事の、埃と廃棄ガス・工場のスモッグを浴び、汗がにじむ宣伝ポスターの刑事像の方が、何やら懐かしく思えます。市原悦子さんの家族の状態も生々しさ充分でしたが、娘の役の川上麻衣子さんが、今思うとあんな難しい役をよくこなしたものだとビックリです…