『血は渇いている』

吉田喜重の『血は渇いている』が放映されたので見た。
佐田啓二が会社の首切りに抗議して拳銃自殺をする。これを生命保険会社(吉村真理ら)が宣伝に使い、彼はマスコミの寵児になるが、最後は使い捨てられるという話。
話自体は、増村保造の『巨人と玩具』に似ているが、当時としては衝撃的な、時代を先取りした発想だったと思う。皮肉なことに、この数年後に松竹は、映画のように業績不振で大量の首切りを行うが、それは全く予測していなかった。そのとき、拳銃で自殺未遂をする人はいなかった。

吉田や大島渚、さらに日活の蔵原惟善らにしても、常に時代を先取りしようとしていたと思う。
今の日本映画に、そうした機能を期待する人間は皆無だろう。今はテレビなのかもしれないが。
成島東一郎が銀座など繁華街をロケ撮影しているところが良い。音楽(林光)もジャズを多用。
いずれにしても、吉田や大島渚も松竹時代の方が、独立した以降より商業的要請のため風俗描写が多いのでので、そこが興味深い。
吉田には、チンピラ(鈴木やすし)が東京オリンピックの聖火リレーに紛れ込んで護送車から脱走する映画『日本脱出』もあり、これももう一度見てみたい。

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