長谷部慶治氏のことを「あれっ」と思ったのは、黒澤明の『虎の尾を踏む男達』を見たときだった。
録音・長谷部慶治とあり、この人は今村昌平の傑作『赤い殺意』『にっぽん昆虫記』『神々の深き欲望』の脚本家であり、この録音とはどういう関係なのかと思った。
調べると簡単で、長谷部氏は、PCLで録音を担当していたが、東宝ストの後、首になり、五所平之助の下にできた、スタジオ8プロにいて、助監督、さらに監督もしたが、後に脚本家になったのである。
彼の監督作品は2本あり、その一つが『明日はどっちだ』で、もう1本が『第二の接吻』であるが、どちらも映画史に残っているような作品ではない。
今回の新東宝特集で上映されるので、渋谷に行く。
原作は、サンデー毎日に連載されていた永井龍雄の小説で、プロ野球のオールスター戦をやっている後楽園球場で中年の男が殺される。1953年なので、すでに2リーグに分裂した後のこと。
饅頭に青酸カリを注射した毒殺であり、犯人らしきびっこを引く男を、蕎麦屋の出前の三井弘次が偶然目撃していた。
三井が面白くて、全体の筋を引っ張っているが、主人公は新聞記者の舟橋元で、毎朝新聞で、キャップは宇野重吉。
警視庁の記者クラブで、脚本が刑事ものの開祖長谷川公之なので、事件記者(これはない言葉で島田一男が作った新語なのだが)的な筋展開であるが、そうは上手く運んでいない。
舟橋の先輩が柳永次郎で、元社会部長だが、今は社のビルで喫茶店をやっている。その娘が香川京子で、舟橋とは互いに憎からず思っているが、愚図な舟橋とは結ばれない。
三井の目撃から犯人がわかるが、なんと池部良とは驚く、しかもびっこを引くあり様なのだ。
死んだ男の妹が島崎雪子で、病院の看護婦になるという。
この辺の推理はいい加減だが、当時はそんな程度だったのだろうか。
池部を追跡していてキャバレーに入ると、新倉美子が歌っているが、彼女は辰巳龍太郎の長女ジャズシンガーだったが、女優としても活躍していた。
そのキャバレーで会っている女が、島崎雪子にそっくりでこれもびっくり。
日本橋の待合で、池部が愛人の芸者と会っていると、その待合に行き、出てきた芸者は高峰秀子とはさらに驚く。
最後、新橋演舞場で高峰と池部が会うことを知り、舟橋、宇野らが張り込むと、池部から言付けを預かったと老婆の五月藤江が来て、車で月島に行くと廃ビルに池部がいる。
そこで全貌がわかるが、要は麻薬組織で、池部は中毒者で、そのトラブルで男を殺したとのこと。そして二人の島崎雪子は、関係なしとは!
相当に驚く結末。
香川京子は、舟橋のぼんくらさに愛想を尽かして大阪の新聞社の別の男と結婚してしまう、男は出てこないが。
だが、舟橋は島崎雪子と一緒になる(「共犯関係」だそうだ)ことが示唆されてエンド。
後に、今村昌平作品の傑作脚本を書く長谷部としては、信じがたいできだが、要は彼には全く不向きな推理ものだったということだろう。
人には人の向き、不向きがあるということだ。
シネマヴェーラ渋谷