昨日は、大田区大森4中16期生の同期会が池上会館で行われた。
昭和37年卒業生で、全12クラス600人もいたのだ。
本当はもっと多かったらしいが、4中は、本門寺公園の中にあるので、建蔽率から校舎を増築できず、隣の大森3中に廻したので、3中は1学年20クラス、1,000人もいたという噂だった。
600人の内、約80人が来たが、すでに56人が亡くなっているとのことで結構多いようだ。先生も二人見えられたが、先生は8人が亡くなられていた。
さて、見えられた先生の一人に、理科の菅野浩蔵先生がいて、92歳とのこと。
この先生の18番は、バーで女性が「水割りの氷は解けた分だけ水が増えるのよ」と言ったので、
「いくら氷が解けても水の位置は同じだ」と言ってやったところ、ホステスが反論したので、
「何を言っているんだ、俺は理科の先生だ!」と言ってやったという自慢話だった。
だが、この先生で私がよく憶えているのは、運動会の前に、『運動会を前にして』という学校の校内放送のドキュメンタリーを毎年作られていたことである。
放送の内容は憶えていないが、よく記憶しているのは、イントロの音楽で、ソ連の作曲家アラム・ハチャトリアンのバレー組曲『ガイーヌ』。
「ああ、これだったのか!」と思ったのは、多分50歳くらいになったとき、日の出町の安売り屋の廉価版LPでこの曲を聴いた時だった。
だが、多分菅野先生も使用したであろう当時のLPは、本当は原曲とは相当に違うものなのだ。
それはハチャトリアンの『ガイーヌ』の「薔薇の精の踊り」で、本当は非常に優雅なものなのだ。
だが、1,960年代の演奏では、かなりテンポが速くされていて、まるで社会主義建設の槌音の行進曲のようになっていた。
当時は、社会主義リアリズムの時代だったので、大作曲家のハチャトリアンでも、政府に従う音楽を作っていたのだなと思った。
菅野先生が、どのような意図で、この曲を使ったかは知らないが。