『小林正樹』(岩波書店)には、非常に興味深い言葉が沢山あり、小林が1967年に三船プロで映画『上位討ち 拝領妻始末』を撮り、配給元である東宝に試写として見せた。
その時、東宝の藤本真澄専務は、三船敏郎の台詞がきちんと聞こえるので驚き、上記の言葉を言ったとのことだ。
確かに、三船敏郎の台詞は(特に黒澤明作品での)三船の台詞は、非常に聞き取りにくい。
だが、この『上位討ち 拝領妻始末』では、録音の西崎英雄らが工夫し、三船の台詞から雑音部分を丁寧に切り取り、明瞭に聞こえるようにしたのだそうだ。
さて、三船の台詞が聞き取りにくいのは、黒澤と三船が、台詞をきちんと聞こえるように話すよりは、役の感情を重視して演技させているからだと私は思う。
それは、かつて蜷川幸雄が東宝演劇部の公演『ロメオとジュリエット』等でメジャー・デビューしたとき、マスコミから「台詞が聞こえない」と大変に批判されたのとよく似ていると私は思う。
蜷川も、演技の体裁や外見ではなく、本当の役の感情を表現すべきだと考えていたからだと思う。
なぜなら、人間がもし感情が激し、その時に言葉を発すれば、それはしばしば何を言っているかわからないことはよくあることだからである。
その意味では、黒澤や蜷川の方がリアリズムなのだといえるだろう。