宮川一夫は語るというのは、羊頭狗肉で、語るのは淀川長治である。1989年7月に京都の朝日シネマで行われた『雨月物語』上映会の後の淀川と宮川の対談で、『映画の天使』となった作品。淀川は、言うまでもなく宮川を絶賛するが、宮川はほとんど語らない。
『雨月物語』の、田中絹代、森雅之、小沢栄太郎、水戸光子が琵琶湖を小舟で渡る名場面のことを宮川と照明の岡本健一が語る。それはセット撮影で、ホリゾントをグレーに塗り、湖に舟を浮かべてライトを上からだけにし、スモークを焚く。確かに名場面だが、宮川が語るのは、ここだけで他はない。それは当然で、彼は職人なので、語らないのだ。
もう1本の『反射する目』は、大阪ヨーロッパ映画祭で招聘されたカメラマンのアンリ・アルカンが、1997年に宮川の家に来て話した模様のフィルム。そこには、当時撮影されていた篠田昌浩の『舞姫』の撮影の模様も挿入される。
篠田は、最初に宮川に会ったとき、「この人は当りは柔らかいが、凄く強い人で一筋縄ではいかない京都人だ」と思ったそうだ。
もっと宮川に厳しい批評をしているのが今井正である。1976年の『妖婆』の時で、これは永田雅一に頼まれ、「脚本は水木洋子で、スタッフはもうできていて待っているから是非やってくれ」と言われた。水木のシナリオを読んで「ギョッと」したそうだが、仕方なく京都に行く。大映京都のスタッフに囲まれただ一人で、今井は苦労したそうだ。その第一が宮川一夫で、「移動はやらず、自分の決めた画面でしか撮影しないので、もうこの映画は投げているのです」と児玉清に語ったそうだ。
これは水木洋子のシナリオがどうしようもないオカルト合戦で、当時『エクソシスト』のヒットでオカルトは当たると企画されたものだが、もちろんヒットせず、幻の映画となる。
溝口健二の『雨月物語』『山椒太夫』『赤線地帯』などは素晴らしいし、宮川一夫のカメラも凄いと思う。
一つ初めて知ったのは、『映画の天使』の音楽が佐原一哉となっていることだった。
1980年代に、関西で河内音頭や桜川忠丸のCDで音楽監督で活躍される佐原氏は、こういう映画にも係わっていられたのだ。
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