1959年の『南国土佐を後にして』のヒットから始まった小林旭の「渡り鳥シリーズ」は、1962年までのたった3年間に9本作られた。
そして、この内8本は、小林旭と浅丘ルリ子の共演、監督は斎藤武市だった。
だが、1962年8月に「番外編」として作られたのが、この『渡り鳥故郷に帰る』だった。
注目されるのは、主人公は、小林旭だが、相手役はルリ子ではなく、笹森礼子、監督も牛原陽一で、脚本も山崎厳ではなく、下飯坂菊馬であることだ。
この旭・ルリ子の「渡り鳥シリーズ」が、1962年の春に中断してしまったのは、勿論マンネリから来る観客動員もあったろうが、旭とルリ子の破局であろう。
この頃、小林旭は、雑誌の対談で知り合った美空ひばりに惚れられ、付き合い始めていたからである。
そして、1962年11月に美空ひばりと小林旭は、結婚する。
これについては、いろいろな見方ができるだろうが、要はそれくらい小林旭の魅力と人気がすごく、天下の大歌手美空ひばりまで虜にしたということだろう。
この旭とルリ子の恋仲の破局は、「渡り鳥シリーズ」の終了になった。
だが、それは、石原裕次郎と浅丘ルリ子、蔵原惟繕監督の大傑作『憎いあンちくしょう』を頂点とする裕次郎・ルリ子の傑作3部作を生み出すことになる。
その意味では、二人の恋の破局は、日本映画史に残る大きな意義があったことになる。
高松(『南国土佐を後にして』を考慮し四国)に戻った旭は、組長の娘南田洋子と建築会社社長小高雄二との婚礼の夜に、組長が事故死したことを知る。
彼は、桂小金治のガソリンスタンドで働きつつ、次第に事件の裏、全貌を知る。
新興ヤクザ安倍徹に事故死させられたことが分かり、弟分の平田大三郎らがやられて、我慢に我慢を重ねていた小林旭は、安倍のところに殴り込む。
最後は、国道フェリーに乗って小林旭は、四国を去ってゆく。
作品としては、前8作とかなり違う。斎藤武市作品の明るさ、単純さはなく、かなり暗く真面目な感じである。
これは、監督の牛原陽一の資質であり、脚本の下飯坂菊馬と合わせ、大映的である。
また、このストーリーは、後の東映や日活、大映で多数作られたヤクザ映画のプロトタイプでもある。
笹森礼子は、浅丘ルリ子に似ているがやはり少々違う。
また、善玉の組の代貸で、実は安倍たちの手先になっていた、癖のある役者が出ていて誰かと思っていたが、元青年座代表でもあった森塚敏だった。
また、同じく青年座の初井言榮も着物姿で出ていた。
東中野ポレポレ