木下順二が、「神と人間とのあいだ・第二部」として劇団民藝に書いたもので、1987年に宇野重吉の演出で公演されている。
『審判 神と人間とのあいだ・第一部』は、東京裁判での東条英機首相をはじめ木戸幸一らの指導者をモデルとしたA級戦犯の戦争責任を描いていた。
これに対し、この『夏、南方のローマンス』は、所謂B・C級の戦犯、実際の戦地での残虐行為などの国際法違反の庶民レベルの戦犯を対象としている。
題名の「夏、南方のローマンス」は、活弁の生駒雷遊の名文句「春や、春、南方のローマンス」をもとにしていて、木下作品には珍しく女性漫才師が出る。
敗戦直後のどこかの公園で、二人の女がブランコに乗って話している。
一人は、正妻(中地美佐子)で、もう一人の派手な衣装の女は漫才師(桜井明美)で、戦犯として南の島で処刑された男(塩田泰久)の愛人だった。
そこに男の家を訪ねて来た戦友たちが、南の島で起こった現地の島民のスパイ容疑による拷問、殺人事件、それに対する裁判が再現される。
島民は、文字も知らないレベルで、米軍のスパイ行為などあり得なかったが、全滅に近い敗北に、兵隊の鬱憤のはけ口として残虐行為が行われた。
敗戦後に米軍によって行われた裁判の中で、一番知的で温厚だった男の塩田泰久が、理不尽にも処刑される。
木下順二の戯曲なので、全体に寓話的であり、リアリズムが追求されるというものにはなっていない。
丹野郁弓の演出も、時代設定が不明確など、あまり上手く処理されていない面もある。
当初、女漫才師だというので、ミス・ワカナのような戦地慰問で人気だった大衆芸人かと思った。
彼女をはじめ吉本の芸人たちは、朝日新聞の主催で中国に「笑鷲隊(わらわしたい)」として派遣され、中国の各地で大歓迎を受けた。
彼らを題材に戦争責任を追及すれば、庶民レベルの戦争の問題が出ると思ったが、それは間違いで、木下順二にそうした意識はない。
だが、このサブカルチャーを包含する観点は、木下を受けついだ福田善之にミュージカルや喜劇の導入として成果をあげられた。
さらに、それは井上ひさしによって、シリアスな題材との融合として大きく開花したが、それが演劇史的発展というものである。
戦後の日本の新劇の正統的な発展の一つは、木下順二、福田善之、井上ひさしというのがそれだろうと私は思う。
芝居の最後、妻の中地美佐子から、同じB・C級戦犯の一人が、処刑場に向かう道で呟いたという文句、
「この川は、どこに流れる川ですか」
には胸を打たれた。
確かこれは、B・C戦犯の手記『世紀の遺書』にあった文句だと記憶している。
女漫才師の桜井明美は、劇団民藝には珍しい元気ではじけた演技の女優だが、この役は少し彼女には荷が重かったように思える。
その他、伊藤孝雄、梅野泰靖、鈴木智、山本哲也など。
紀伊国屋サザンシアター
劇の終了後、6階の芸術関係の売り場に降りて、『黒澤明の十字架 戦争と円谷特撮と徴兵忌避』 が平積みになっているのを確認して横浜に戻った。