『美しい人』

新東宝創立70周年のレアもの特集最初は、ダビッド・プロの『美しい人』

ダビッド社は、日興証券と同じく遠山一族の会社で、1960年代までは出版社として結構良い本を出していた。荒地派の『荒地詩集』、湯川れい子さんが最初に出した『モダンジャズ入門』などは愛読したものだ。

推測するに、この映画は、ダビッド社で出した三好十郎の小説『美くしい人』をもとに、上原謙、香川京子、乙羽信子を迎えて民芸映画社(製作大塚和 監督若杉光夫 撮影岡崎宏三 音楽斎藤一郎)で作り、新東宝で公開したものだと思う。主演の宮城野由美子は、宝塚出身で『佐々木小次郎』の他、松竹などにも出ていた純情派の女優で、渡辺美佐子を甘くしたような感じで、日活では最初の作品『かくて夢あり』に主演したが、監督の蔵原惟繕と結婚して引退した。

原版はどこにもなく、タイトルは「長野貿易映画部」となっていたので、地方への巡回上映用のプリントだろう。巡回上映の会社は、1950年代は全国にあり、ヘラルド映画も最初は名古屋での巡回上映をやっていたそうだ。発掘された下村健さん、ご苦労様でした。

三好十郎の戯曲は大好きだったので、小説のこれも古本で3冊本で出ていたので買って読んだ。筋はまったく憶えていないが、感動的な小説だったと記憶している。この映画では反戦が中心だが、原作はドストエフスキー的な魂の救済がテーマだったように思う。

獄中に繋がれている女性の声で始まり、昭和20年の戦争末期に戻る。

女学生の香川京子と宮城野由美子らが工場に動員されているが、部品が不足し防空壕掘りをやっていて、香川の恋人で学生の波多野憲が手伝っている。

波多野は、宮城野の弟で、元は戦争に疑問を持っていたが、「はにわ塾」を主宰する滝沢修に感化されて、特攻隊に志願している。

この「はにわ塾」は、原節子の義兄で、東宝の監督だったが、次第に右翼的になり、戦時中は「すめら塾」をやっていた熊谷久虎を思わせる。熊谷は、姪であった原節子をやってしまったというトンデモナイ男だが、原節子の映画『新しき土』の欧米での上映の際に、何の関係もないのに原節子に付いて行ったのだから、このスキャンダルは本当だと思える。はにわ塾の仲間には、山内明、鈴木瑞穂などの姿が見える。

宮城野の夫、上原謙は左翼的学者だったが、でっち上げ事件で検挙されていて、警察に収容され拷問されている。憲兵は大滝秀司で、これは彼の風貌から見て適役。

宮城野と上原の弟子で雑誌社の宇野重吉が警察に来て、なんとか面会できるが、拷問で上原は衰弱しているが、この件は「横浜事件」を思わせる。戦争は進行し、波多野は戦闘機に乗り、米軍機と戦って戦死した公報が来て、宮城野は倒れてしまう。

戦争が終わって上原謙は、釈放されて家に戻ってくるが、衰弱から死んでしまう。

戦後の町で、宮城野はいろんな職に就くが、なんとか宇野重吉と再会し、バーでの仕事を得るが、実はそれは滝沢の下で宝石や麻薬を売買している仕事で、宇野も宮城野もそれを知る。

二人は滝沢から逃げた海岸の地で、宮城野は宇野から滝沢の正体を聞く。

宮城野は、滝沢が戦時中に「はにわ塾」を主宰し、弟の波多野ら多数の若者を死なせたのに、彼が生きて右翼勢力を再興しようといることが許せず、宇野から預かった拳銃で滝沢を殺してまい、刑を受けるところでエンドマーク。

私の記憶だと、刑期を終わって獄から出た女主人公(宮城野)が、恋人(宇野)と上野の山で再会するハッピーエンドだったと思うが、手元に本がないので何とも言えない。

シネマヴェーラ渋谷

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