『思い出を売る男』

劇団四季の『思い出を売る男』を見た。私は基本的に映画、演劇は公平評価する立場なので、浅利慶太は嫌いだが、加藤道夫の代表作をどう演出するのか、興味があり見に行った。

正直に言って、劇として大変立派であり、昭和26年にこの劇を書き、四季のメンバーの指導者、兄貴分の立場でありながら、創立半年後の28年暮には自殺してしまった加藤に対して十分なお返しとなっている。
話は、戦後の東京の裏町に復員服姿の「思い出を売る男」が来て、様々な人と交流するもので、劇的構成はゆるい。死と追憶についての夢幻劇である。この劇は、その後の多くの作者に影響を与えていて、少々突飛だが、あの唐十郎の作品も、この劇のきわめて下品な変形のように思える。
音楽が重要なモチーフで、冒頭の挨拶で日下武が言ったように、「四季ミュージカル」の原型でもある。音楽は林光だが、林は浅利の先輩なので、初演もそうだったのか。

実はこの数ヶ月、私は『火山灰地』『キッチン』『思い出を売る男』と所謂名作を見て、どれもが大変立派に出来ているのには感心した。しかし、どれにも切実さを感じられなった。
今日の劇でも一番感動したのは、冒頭の日下武の加藤道夫についての挨拶で、これが最も切実だつたのは、生前に薫陶を受けたのだから当然だが。加藤はわずか35歳で死に、現在生きていれば88歳だそうだ。

結局、上記の3作品の演出は総て70代の人間なのだ。今日の我々の問題ではないのは、当然だ。
劇団四季は経営的には大成功したが、一人の劇作家をも生まなかったのは、今後も残る最大の問題点である。
劇中「パリの屋根の下」が思い出の曲として繰り返される。加藤たちにとって、恐らく戦前に見たフランス映画の世界は最も美しい追憶だったのだろう。
加藤道夫の奥さんは、言うまでもなく女優・加藤治子である。

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