『欲望という名の電車』

芝居で一番重要なのは、当たり前だが適役ということを改めて実感させられた劇だった。
主人公ブランチ・デュボアの高畑淳子である。
『欲望という名の電車』は、日本では杉村春子で有名だが、他にも東恵美子、水谷良重、浅丘ルリ子らも演じているそうで、今年も秋山菜津子が、松尾スズキの演出で演じた。

私が、このテネシー・ウィリアムズの戯曲を読んだのは、大学1年生の時で、早稲田の自由舞台が隣の稽古場でやっているのを聞いて、文庫本を読んだ。
随分、感傷的で詩的な戯曲だなと思ったが、今度見てみて、作品の底にテネシー・ウィリアムズの、自身の同性愛への自己処罰意識があるのが分かった。

南部の裕福な家に生まれたブランチは、繊細で高貴な心の持ち主で、卑俗な現実と折り合いがつかず、結婚にも破れて次第に精神を病んでいく。
最後は半ば娼婦のようになって田舎町をおいだされ、ニューオリンズの妹ステラ・神野三鈴のところにやって来る。
そこは、ブランチに言わせれば、下品で、メイドもいない下層の家で、ステラの夫はポーランド人の労働者スタンレーである。
文学、特に詩が興味のブランチと異なり、スタンレーの友人は、仕事の余暇は、ポーカーとボーリングしかない教養が全くない連中。
この辺のアメリカの階層の差異の描き方は実に上手い。

ブランチの実像は、次第に暴かれるが、まるで推理小説のように展開してゆく。
一度の結婚に敗れた後、町の多くの男と付き合うが、ついには17歳の少年と関係し、父親からの抗議で高校教師もクビになる。
そして、最初の結婚相手が実は、同性愛者で、自殺したことが明かされる。
ここには、自らも同性愛者だったテネシー・ウィリアムズ自身の、自己への強い処罰意識があると私には思えた。
最後、精神病院の医師が迎えに来て看護婦に連れられてゆく。

高畑淳子は、見る前はできるかなと思ったが、大変な適役で、ブランチを演じた。
高貴な魂の持ち主で、美人だが、少々ぬけているところもあり、現実と上手く折り合えない女性を多分、杉村春子以来と思われる適役で演じた。
青年座の公演では、高畑は、看護婦、ステラをやって来て、今度はブランチと主人公になったそうだ。
これで、東恵美子、山岡久乃、初井言榮と3人の女優でやって来た青年座は、高畑淳子が女優のトップとなった。
大曽根真のピアノは、現代音楽風で始まり、ラグ・タイム、ジャズと、舞台の役者と対位法のように張り合って演奏し、作品にぴったりだった。
世田谷パブリック・シアター

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