『さようならの季節』

前から見たかった映画の一つ、ラピュタの吉永小百合特集で、最終日だったので、ほぼ満員。やはり、サユリストは根強いのだろうか。
話は、昔は横浜の根岸にあった海外移住センターに来て、ブラジル移民に行く吉永小百合一家の1週間。
脚本は、三木克己こと井手俊郎で、監督は滝澤英輔、音楽が斎藤高順なので、ときどき小津安二郎的メロディーが聞こえるのがおかしい。
一家は青森の貧農だったが、台風で田んぼもやられてブラジル移民を決意し、根岸の移住センターに来る。
父は殿山泰司、母は三戸部スエ、隣の一家は浜村純と初井言栄、その他吉永の相手役として浜田光夫が出るだけで、東野英治郎、松尾嘉代などきわめて地味な配役である。

浜田光夫は、幼馴染の吉永が好きで、移民してもらいたくなく、一時は農業移民が嫌で失踪した香月美奈子が、浜田光夫が社長の東野英治郎から金を借り
香月の借金を払ったので、その代わりに吉永は日本に残るか、と思わせる。
だが、最後やはり一家と離れられず、大桟橋から「あるぜんちな丸」で出航してゆく。
この時、吉永小百合は17歳だが、非常に大人びていて、しかも演技が上手いのはさすがだと思う。

実は、この映画は昔TVKで5分くらいを見たことがあり、その時は移住センターを海側から見て、センターの前に運動場があるシーンを憶えていたが、この日の上映ではなかった。
テレビの時は放映の時間が違うので、この日はなかったのだろう。

いずれにしても、この映画の舞台となる移住センターは、根岸駅近くの埋立地にあり、JICAの移住センターとして、1970年代以降は、日系ブラジル人ら外国人のトレーにイング・センターとして使われていた。
だが、JICのセンターが新興地区にできたので、その時に統合・廃止されたようだ。

移民は、昔から映画の題材になっており、戦前には『蒼氓』がある。
戦後の日活でも石原裕次郎のヒット作『俺は待ってるぜ』でも、裕次郎の兄はブラジルに行ったことになっているが、実は・・・という筋書だった。
いずれにしても、海外移住は貧困な者が事業で成功する有力な手段の一つだった。
だが、この殿村泰司一家はブラジルに行き、成功したのだろうか。
移民は、1960年代はまだあり、内藤洋子主演の傑作『あこがれ』でも、恋人田村亮の実母は、二度目の夫とブラジル移民に大桟橋から出てゆき、
そこに駆けつけてくる内藤洋子の可憐さには涙が出たものだ。

さらに遡れば、戦前から1950年代まで、横浜の桜木町駅周辺には「移民宿」というものがあり、全国から集まった移民の人が宿泊し、新興埠頭から移民船が出るのを待ったそうだ。
私が、パシフィコ横浜に最初に行き、事務所として使用していたのは、桜木町駅近くの港陽ビルだったが、ここは港陽館と言う移民宿だったそうである。
ラピュタ阿佐ヶ谷

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