ケラことケラリーノ・サンドロヴィッチの芝居を見たのは、1991年で、本多劇場での『カラフルメリィでオハヨウ』だった。ひどく詰まらないもので、「人をバカにするな」と思い、そのことは『ミュージック・マガジン』の演劇評にも書いた。
だが、このところケラの評判が非常に高く、松たか子の主演なので、見に行く。
戯曲は、サマセット・モームが1919年に書いたものだそうで、第一次大戦で夫が死んでしまい、その友人と再婚した妻の悲喜劇である。
死んだと思った夫が戻ってくるという悲劇は、この時代に実際にあり、テニスンの詩『イノック・アーデン』もそうである。
日本ではこれを基に戦後、東宝で映画山本薩夫・亀井文夫監督で『戦争と平和』として、映画化されている。勿論、中国で死んだと思い妻が再婚すると、夫が帰国してくる悲劇だった。池部良、沼崎勲、岸旗江らの主演だった。
19世紀末から20世紀初頭ののイギリスは、ビクトリア朝末期で、俗に「ビクトリアン・コンプロマイズ」、ビクトリア的妥協、偽善の時代であると英文学史で習った。まさに松たか子が演じる若妻は、偽善者そのもの。
自分のことは、服のボタンをはずすことも自分ではしない、召使がする、のだから凄い。
2人の夫は、段田安則と渡辺徹で、共に陸軍少佐と上流階級。
松の、すべてが自分勝手の論理、理屈がすごいが、同時に可愛い。
この役を上手く演じる女優は、大竹しのぶ、寺島しのぶなど他にもいるだろうが、本当に可愛く演じられるのは、松だけだろう。
松の上流階級の暮らしも、社会の変化で次第に急迫しそうなことが、コックや女中の反抗で示唆される。
松は、新たに成金の男と結婚することになり、時代の変化を描いている。
モームに、これほどの社会批判があるとは知らなかった。
ケラが本来やりたかったのは、ブラック・ユーモアのような笑いだったのか、と思った。
こういう芝居は、日本で言えば、森本薫や織田作之助に強い影響を与えていることが、よく分かった。
森本薫の『華々しき一族』などが典型である。
シアター・コクーン