豊田正子、死去

昨年12月に、作家の豊田正子が死んでいたことが2月初めにに報道された。
彼女は、戦前に舞台、映画にもなった昭和13年の『綴方教室』の原作者で有名だが、この山本嘉次郎監督の映画は大変優れた作品である。
徳川夢声や妻の清川虹子、その娘で主人公の高峰秀子らの演技も良いが、東京下町千住の貧困世帯の背後に、朝鮮人家族等がいることをきちんと描いていることがさすがである。
山本は、この辺は社会的意識がちゃんととしている。

さらに、豊田正子原作の映画がもう一本ある。
新東宝の末期の昭和35年に作られた中川信夫監督の映画『粘土のお面』で、ここでも主演は天才子役の二木てるみである。
父親は伊藤雄之助で、母親は望月優子、その他丹波哲郎や宇津井健らが特別出演している。
この映画で、貧困から夜逃げをする最底辺の家族の姿は、当時日本の映画界の最底辺にいて、大蔵貢にも逃げられた新東宝のスタッフ・キャストの苦境そのものでもある。だが、原作は読んでいないが、どちらも少しの暗さもなく、惨めさもないのが良い。
当時、貧困は日本の庶民にとって恥ずかしいことではなく、きわめて身近なことだったことを現していると思う。
落語に典型なように貧乏は、江戸っ子にとって無縁なことではなく、むしろ金持ちであることを恥じる気分すらあった。

さて、豊田正子ほど有為転変の激しい人生を送った女性も少ないに違いない。
彼女は、戦後日本共産党に入党し、その縁で作家江馬修と結婚同様の生活(江馬の奥さんが離婚を認めなかったので、豊田とは長く婚姻できなかった)を送り、また彼女が書いた小説『おゆき』がかなり売れたので生活も向上する。
『おゆき』は、テレビでも放映されたはずだ。

歴史小説の傑作と言われる『山の民』の作家江馬修も数奇な人生を送った人で、彼は民主青年同盟の運動をやっていたとこから、20代の女学生と恋に落ち、豊田正子を裏切ることになる。
その頃、生活に窮した豊田は、戦前に知り合っていた女優田村秋子と偶然再会し、田村秋子の紹介で赤坂の骨董店で働き、江馬と自分の生活を支えた。
その後、江馬修も死に、彼女が一人になると今度は自分が脳梗塞で倒れてしまい、半身不随になるが、それもリハビリで克服する。
多分、晩年は落ち着いた平安な生活だったのだろうと推察する。
まさに日本の庶民女性の「頑張り」の典型のような方であり、実に立派な方だったと思う。
88歳だったそうだが、ご冥福をお祈りする。

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コメント

  1. なご壱 より:

    おゆき
    指田さん、おはよぷございます。テレビドラマ化された「おゆき」は、1977年にTBSで放映された名取裕子主演の「おゆき」とは違うのでしょうか?

  2. さすらい日乗 より:

    違うようです
    私も、テレビになった『おゆき』だと思っていましたが、調べるとTBSのテレビ小説の『おゆき』は、脚本家小山内美江子のオリジナルのようです。ただ、豊田正子が母親のことを書いたといわれる『おゆき』は、左翼出版社・理論社から出ていますので、当時独立プロのスクリプターをやっていた小山内女史は、その題名を憶えていて、ヒントにしたのかもしれませんね。たぶん、違うと言うでしょうが。

  3. SS より:

    おゆき
    下記サイトを見る限り、似ても似付かないんじゃないですか?
    ヒントにしようもないような。
    http://www.tbs.co.jp/tbs-ch/lineup/d0661.html

    豊田正子は大好きな作家なので、ほとんど全ての作品を読みました。

    「私の支那紀行」だとか「プロレタリア文化大革命の新中国紀行 第1部 不滅の延安」なんて珍品?も図書館や古本サイトでなんとか探し出せました。

    「不滅の延安」は、江馬と二人で中共に招待された旅行記ですが、文革礼賛三昧の噴飯モノで、今ではお笑いルポとして逆に楽しめるくらいです。
    赤旗の記事みたいな文革礼賛の定型文(江馬が筆を入れているのでは?と感じています)の合間に、豊田らしい鋭い観察眼が垣間見えるところが面白いのです。

    http://aitrip.exblog.jp/9962072/
    このサイトの写真を見ると、若い頃は中々の美人ですね。
    木鶏社版の「綴方教室」に掲載してある小学生時代の写真は、かなり現代的な美少女姿です。

    このサイトから豊田の自作朗読の音声データを頂戴しましたが、声の方は顔に似つかわしくなく、ガッカリものでしたが………

  4. さすらい日乗 より:

    有難うございます
    ご指摘有難うございます。
    名取裕子の主演では、内容的には全く違うものでしょう。
    ただ、『おゆき』という題名はヒントにしたのかなと思うのです。とても良い題名ですから。

    文革時代のルポは是非読んでみたいですね。
    今考えれば、当時の日本の文革への熱狂を記録するものとして貴重な文献だと言えるかもしれませんね。