『父子草』

題名はなんと読むのかと思うと、「ちちこぐさ」で、「なでしこ」の別名だそうだ。
今話題のなでしこだが、この『父子草』は、現在の日本映画界では、絶滅した類の作品である。
貧しいが、清く正しい人たちの、悲しく感動的な話である。

関西の宝塚映画の製作だが、舞台は東京らしい。
鉄道の高架下に、中年の女将淡路恵子がおでんの屋台を出している。
50代の労務者の渥美清が酒を飲んで、気持ち良さそうに民謡を歌っている。
そこに、これまた貧乏な予備校生の石立鉄男が入ってきて弁当箱を開け、おでんで夕食を取る。
些細なことから二人は言い争いになり、喧嘩になるが、またすぐに二人は互いを分かりあうことになる。

渥美清は、「生きている英霊」、妻子がいたが、出征して抑留され帰還が遅れたため、妻は弟と再婚していた。
そのため故郷を離れ、全国の飯場を渡り歩いていることが分かる。
渥美は、石立を息子のように思い、自分の稼ぎを石立の大学入学への足しにと援助する。
8万円、7万5千円という金額だが、それを「大金」という。
1967年は、高度成長の後で、そんな時代ではなかったと思うが、この話は、木下恵介の脚本なので、1950年代の感覚である。

もちろん、石立は、入試に合格し、すべてはハッピー・エンドで終わる。
渥美清と淡路恵子の台詞のやり取りの上手さがなければ成立しない映画である。
なでしこは、淡路の屋台に置かれている鉢植えで、その名をきちんと説明してくれる。
貧困というものが日本の社会から消えると共に、この類の作品は絶滅したのだ。
阿佐ヶ谷ラピュタ

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